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お仕事の後で─8の3

2010年09月13日 09:45


お仕事の後で─8の3

MissingPink─3


キョーコが事務所に着き、預かった書類袋を持って椹のデスクへ行くと、椹が驚いたようにキョーコを出迎えた。

「あれっ最上君、どうしたの?また持って帰って来てくれたのかい?」
「あはは……相手先の人に…また頼まれまして」

困ったように笑うキョーコに、椹はすまなそうに言った。

「ありゃ、悪かったね、明日でよかったのに。あの人強引だからなぁ、運が悪かったね」
「あー…運が悪いのには自信がありますから」
「なんだい、そりゃ。うん、まぁ、ありがとう。お疲れさん」
「はい、お先に失礼します。お疲れ様でした」

椹にペコリとお辞儀をし、キョーコは再び事務所を後にした。
着替えて帰ろうか、とも思ったが、なんとなくそんな気力もなかった。
もうすっかり暗くなった空を見つめ、キョーコはだるまやの自室へと帰るために歩きだした。


****


「なんだ蓮。なんで事務所来たの?」

事務所に着いた蓮が最初に足を向けた松嶋のデスクの前には社と、たまたま居合わせた奏江がいた。

「あ……あの……最上さん見ませんでしたか……」

目の前の三人は蓮とキョーコの事を知っている人物ばかりだったが、周りにはまだ仕事中の社員が何人もいたため、心持ち小さな声で蓮は社にそう言った。

「見ませんでしたかって……何、お前キョーコちゃんと会えてないの?」

同じく小さな声で社がそう怪訝そうに蓮に聞き返す。

「ちょっと……いろいろありまして……」
「いろいろ?」
「あの子なら……お使いに行ってそのまま帰るはずだったと思いましたけど……」
「そう……なんだ……いや、そうだったんだろうけど……何か急用ができたみたいで……」
「急用?事務所に?」
「あ、いや……多分なんですけど……」
「だったら……椹主任の所に行くんじゃありませんか?」
「そうか……そうだね、ありがとう琴南さん……じゃ失礼します」

蓮はそう言って、弱々しい笑顔で三人に挨拶し、少しふらつきながらその場を去っていく。
そんな蓮の姿を見て、松嶋が心配そうに小声で社に聞いた。

「おいおい、大丈夫なのか……アレ……」
「大丈夫……のはずだったんですけど……"大丈夫の元"はどうしちゃったのかな……」
「…………」

社と松嶋のひそひそとした会話を聞きながら、奏江はふらつきながら歩いていく蓮の後姿をマジマジと見つめていた。



「え、最上君?……ついさっき来て、帰って行ったけど」
「え」
「五分か…十分位前かな?お使いの相手先にまた頼まれちゃったみたいで、わざわざ戻ってきてくれたんだよ……ってどうした蓮?」

椹の言葉を聞いている途中で蓮の上体がぐらりと揺れた。
そんな蓮を見て、椹は少し驚いたように蓮の体調を心配する。

「おいおい、大丈夫か?」
「あ……いや、だ、大丈夫です」
「今、かなり忙しいんだって?体調悪くなってんじゃないのか?すごい疲れてるみたいだけど」
「あ、いや、これは」
「んん?」
「道路が……混んでまして……」
「あぁ……まぁ…そうか、そんな時間だなぁ…」
「はぁ……」

またもやキョーコを捕まえられなかった事に落胆し、がくりと肩を落とす蓮を見て椹は盛んに心配する言葉をかける。

「本当に……大丈夫か?」
「大丈夫ですから……ありがとうございます……じゃ失礼します……」

蓮はそれに軽く手を上げて答え、その場を後にした。



(急用は……もう終わったんだよな……)

事務所内の廊下を出口に向かって歩きながら、蓮は自分の携帯を確かめる。
しかし、キョーコからは着信もなければメールもない。
用事が終わった後でもキョーコからはなんの音沙汰のない。
その事で蓮の中で押し殺してきた不安が増大した。

立ち止まり、思わず押そうとしたキョーコの元へと繋がるはずの発信ボタン。

押そうとして───止めた。

『今日はお伺いできません』

そんな返事が返ってきたら───

蓮は自分の中に浮かんだいやな想像を打ち消す様に乱暴に携帯を閉じる。

今からでも最寄の駅まで全力で走っていけば、捕まえられるかもしれない。
そんな考えが蓮の頭の中を一瞬掠めた。
しかし、キョーコは思いの外、行動も足も速い。
もう既に電車の中なら追いつけない。

どこへ向かったらいいのか、わからなくなった蓮は立ち止まったまま動けなくなった。

───私の事は気にしないで下さい

さっき受け取ったキョーコのメールを思い出す。
しかし、気にしないでこのまま帰ることなど蓮にはできなかった。

(だるまやに……押し掛けるか?)

自嘲的に笑いながら、最終手段を考える。
しかし蓮はもう一度、手にしていた携帯を開いた。
ディスプレイを真剣に見つめ、いろいろと迷いながらゆっくりとボタンを押す。
何を思い、どこに向かっているのかわからないキョーコへとうった一文は───


今から帰るよ。


自分のこれからの居場所を知らせるだけの短いメール。
気の利かない自分の文章に苦笑いしながら送信し、蓮はキョーコからの返信を祈るように待った。


****


道を歩くキョーコの携帯がメールの着信を知らせた。

(あっ……)

送信者は蓮。
急いで内容を確認した。


今から帰るよ。


(うそっ………!)

蓮からのメールを見て、キョーコは驚いていた。

(敦賀さん、もう帰るの?よ、予定は?予定……仕事はもう終わったのかしら)

状況がうまく掴めないキョーコだったが、何度も蓮の短いメールを読み返し、時間を確認する。
まだ買い物も出来、久しぶりに夕飯だってきちんと作って一緒に食べられる時間だった。
一度は諦めた事だったが、またチャンスが巡って来たことでキョーコの顔は自然と綻んだ。


これから急いでお部屋に向かいます!


素早くそう返信すると、キョーコはさっきまでの重い足取りが嘘のように早く歩き出した。
途中でまたメールが来る。
歩きながら内容を確認した。


大丈夫。
待ってるから、慌てずに気をつけておいで。


その内容に、どうしてもにやけてしまう顔を抑えながらキョーコはとうとう走り出した。
そうして息を切らし走り続けて、到着した駅のホーム。
ちょうどいいタイミングで滑り込んできた電車にキョーコは飛び乗った。


****


すぐに蓮の握っていた携帯がメールの着信音を響かせた。

「……っ」

キョーコからのメール。
心臓の鼓動を早めながら、蓮は恐る恐る内容を確認した。


これから急いでお部屋に向かいます!


自分と同じ様に短い、たった一行のメール。
だがそれは、ずっと不安に苛まれていた蓮を一瞬で消し去る威力があった。
今日何度目かの蓮の深く長い溜息は、今までのものとは違い、安堵の色に満たされていた。


大丈夫。
待ってるから、慌てずに気をつけておいで。


まるで自分に言い聞かせるような内容に再び苦笑いしながら、蓮はキョーコにそう返信をし、車へと向かった。




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