17.エピローグ

2010年02月04日 17:39

17.エピローグ


「あれ、弁当箱変わってるね。袋も紙袋じゃなくなってるし」

いつものようにキョーコからのお弁当を持って助手席に座る社は、そう言ってニヤニヤしながら蓮を見る。

「えぇ…まぁ…」

朝から全力で遊ぶ気満々だろう社を警戒しつつ、蓮は曖昧に答えを返す。
今日はだるまやから出発となった二人は笑顔のキョーコに見送られて車内にはほのぼのとした空気が漂っている。
今後も毎朝蓮のマンションまで出向くことを厭わなかったキョーコだったが、自分が取りに行きたいんだ、と強く蓮に言われた上、反論は蓮の口の中に吸い込まれてしまっていた。

「俺の出勤場所、基本だるまやにしちゃう?こっちのほうが俺んちに近いんだよね~」
「それは…どうぞ社さんのご自由に」
「あー…でもそのうち前の夜からキョーコちゃんがお前のマンションにいそうだよなぁ。ま、あんまりがっつくなよ?」
「…………」

思わずハンドル操作を誤りそうになって必死に立て直す蓮。
どう頑張っても結局社さんに遊ばれる運命なんだろうな、と思いつつも努めて反応しないように無表情を貫く。

昨日、あの後、本気で仕事を放り出してこのままキョーコをマンションへ連れて帰りたい衝動に駆られた蓮だったが、結局そんなことができるわけもなく、渋々と次の現場へ向かう直前に、キョーコの方から遅くてもいいからこの後会えないか、と言われた。
もちろん蓮に断る理由などない、どころか願ってもない申し出だったが、予定終了時間は遅く、そんな時間まで待たせられないと彼女に告げた。
しかし、キョーコはできれば一緒に店に行って買いたいものがあるから遅くても待ちます、と言い、そんなキョーコの熱意にかなうはずもない蓮は深夜の「よろずや」にキョーコと二人出向くことになった。
キョーコが買いたがったものは蓮用の新しい弁当箱。
使い捨ての容器じゃなくてちゃんとしたのを使いたかったんです、といって微笑み、敦賀さんはどれがいいですか?などと言いながら真剣に弁当箱を選ぶ昨夜のキョーコの姿を思い出し、蓮はどうしようもなく顔が緩んでいくのを止められない。

「…蓮、顔。ったく二日目で既にそんな状態かよ。「敦賀蓮」の終わりも近いな」
「勝手に終わらせないでください、現場に着いたら直します。それに、車内ならいいじゃないですか、どうせ社さんしかいないんだし」
「まーた、開き直りやがって……緩んでいく一方で性質悪くなっていくな、お前」
「失礼ですね、性質が悪いなんて」

刺刺しいやり取りなのに、両人とも顔は穏やかだ。
蓮に至ってはそれから顔が緩みっぱなしで、社は信号で止まっている時は誰かに目撃されたら困るな、と周りを警戒した。新たな仕事が増えたようだ。
動き出した車内でいつもの手帳を取り出して予定の再確認をしていた社は、ふと思い出したように
「そうそう、昨日、あの後、俺だけ事務所に行ったろ?その時琴南さんに会ったんだ」
と言った。
「へぇ」
社が突然出してきたその話題の意図がわからずに蓮は適当な相槌を打つ。

「それでさ、お前とキョーコちゃんのこと彼女に話したから。ま、そのつもりで」
「え」

奏江はキョーコの親友だし、遅かれ早かれ伝わるだろうと蓮は思ったが、そんなにすぐに報告しなくても…とも思う。

「そんなに急いで社さんから言わなくても…」
「あ、いやいや、別に俺から言いだしたわけじゃないんだ」
「……というと?」
「いや、なんかさ、彼女の方からいろいろ聞きたがってさ、お前のこととかキョーコちゃんのこととか」
「………」
「それで、ついいろいろ話し込んじゃったんだけど……お前、今度琴南さんに会うことがあったらお礼言っとけよ」
「お礼?」

そう言われた瞬間、なぜ琴南さんに?最上さんにもまだお礼をしていないのに?そうだ、お礼したいよな、せっかく想いが届いたんだからこの際遠慮せずに思いっきりなにか…と、思考が明後日の方向に向かってしまった蓮だったが、社の次の言葉で戻された。

「お前に弁当持ってけって煽ったの琴南さんなんだって」
「えっ」
「お前が痩せた、って言い出したのはキョーコちゃん。でも弁当は、最初は迷惑になるんじゃって躊躇ってたらしいよ。キョーコちゃんそういうの気にしそうだもんな」
「……」
「だから、迷惑になってもそれで食べてくれればいいんじゃないって言ったんだって。それでキョーコちゃんやる気になったらしい」
「そう…なんですか」

キョーコが奏江とそんなやりとりをしていたのか、と思うと蓮はくすぐったいような、照れくさいような、なんともいえない気持ちになった。もちろん嬉しい気持ちが一番大きかった。

「他にもいろいろ聞いたけど…ま、その辺はお前には内緒だ」
「…なんでですか。教えてくれたっていいじゃないですか」
「いいんだよ、うまくいったんだから。だからさ、お礼言っとけよ?」
「そうですね」

蓮は素直にそう思った。
キョーコが蓮に弁当を持って来始めなかったら、こんなに早く彼女とうまくいってはいなかっただろうと思えるからだ。

「しかし、あれだな…」
社はしみじみと
「LMEの看板俳優のお前がラブミー部の二人に頭が上がらないって図は結構面白いよな」
と言ってククっと声をだして笑った。

「まったくですね…困りましたよ…」

言葉とはうらはらにまったく困っていない顔で蓮も社に釣られるように笑った。




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