15.告白

2010年02月04日 15:37

15.告白


「…お騒がせしてすいませんでした」

尚が立ち去った後、キョーコは蓮にそう言って謝っていた。
自分が尚に絡まれたりしなければ、蓮にこんな迷惑をかけなかったのに、と思うと堪らず、キョーコは何度も何度も頭を下げた。
蓮はそんなキョーコをそっと制し、キョーコの足元に目をやる。

「……もしかして、持ってきてくれたんだ…?」

キョーコの足元には、さっき蓮を止めようとした際に手放したいつも持ち歩いているバッグと…いつもの紙袋があった。
キョーコはそれを見て、自分がここに来た理由を思い出した。

(頼まれてもいないのに、勝手にお弁当持ってきて、アイツに絡まれて、敦賀さんに迷惑かけるなんて……!)

キョーコは自分のあまりの失態に、涙目のまま真っ青になり俯いてしまった。

「本当に申し訳ありません…でした…っ」

消え入るような声でやっとそう呟いて、恐る恐る顔を上げたキョーコは、蓮が俯き加減であらぬ方向を見つめたままじっと何かを考え込んでいるのに気がついた。

「敦賀さん……?」

そっと声を掛けてみるが反応がない。
怒っているようでもないそんな蓮の様子をじっと見つめたまま、キョーコはただ待っているしかなかった。


蓮はその時、すこし落ち込んでいた。
キョーコを家政婦だなんて思ったことは一度たりとてなかったが、そういわれても仕方ないようなことをさせていたと思ったからだ。
まだ先輩・後輩の仲の域を出ていないのに、自分が彼女に会いたいから、という我が儘でキョーコに無理をさせているという自覚が蓮にはあった。
結果がどうあれ、時間を作ってどうこうなどと考えずに早く自分がキョーコを好きなのだ、とはっきり意思表示しておけば不破のあんな言葉は一蹴できたのに、と思うと口惜しくて仕方なかった。
何度も頭を下げたいのは蓮の方だった。
不破にあんなことを言われて傷ついているかもしれない、そう思いようやく蓮が視線を戻すと、不安そうに蓮を見つめているキョーコの姿が目に入った。
蓮はキョーコに近づいて肩にそっと手を置き、顔を近づけてから
「最上さんを家政婦だなんて思ったことは一度だってないからね?」
と、穏やかに、しかし、はっきりと言った。
これだけは今どうしても言っておきたいと蓮が思ったことだった。
するとキョーコは一瞬ポカンとした顔をしたが、そのうち頬を赤く染めながらモジモジとしだした。
そんなキョーコの様子が少し不思議で、どうしたのか確かめるために蓮がもう少し顔を近づけた時、キョーコは意を決したようにぱっと蓮を見上げて
「…わ、わたしは……敦賀さんのなら……なりたいくらいですからっ……」
そう言って、明るく、ふわりと花のように笑った。

予想もしていなかったキョーコの言葉とその笑顔。
蓮はそれに釘付けになった。
傷つくどころか嬉しい、とでも言っているような明るい笑顔で蓮を見つめるキョーコ。
その笑顔に、自分の身も心も、なにもかも全てが持っていかれるのを感じ、蓮は思わずキョーコをぎゅっと抱きしめていた。

「つ、つつつつるがさん??」

驚いたキョーコが少し身を硬くしたが、蓮はかまわず思い切り抱きしめたまま言葉を紡ぐ。

「…本当は…」
「?」
「…なにもしなくていいんだ……」
「つるが…さん?」
「…なにもいらないんだ」
「えっ」
「君に逢えるだけでよかったんだ…」
「……!」
「最上さんがそばにいてくれればなにもいらないんだよ…本当に…」

耳元で少しずつ囁かれる蓮の言葉達にキョーコの心臓の鼓動はどんどん早まっていく。

「…好きなんだ、最上さん…ずっと、好きだった…」

そして、蓮の最後の言葉はキョーコにとってはまるで夢ようで、キョーコは蓮に抱きしめられたまましばらく呆然としていた。

今…敦賀さんは……なんて言った?

君に逢えるだけでよかったんだ……
…すき
…好きなんだ、最上さん……
本当に?
本当に……?

─────可能性はゼロじゃないでしょ?

奏江の言葉が頭の中に蘇る。
毎朝見てきた彼の笑顔が蘇る。
ほんの少しだけ期待してしまっていた自分を思い出す。

本当なの、これ?
夢……じゃ、ない、よね?

自分を抱く蓮の体が熱い。
その熱がこれが現実だと、夢じゃないのだとキョーコにわからせてくれた。
やがて、キョーコはそれをしっかりと確かめるように、蓮の背中に手をまわし、服をきゅっと掴む。
そして、蓮の胸にうずめていた顔を上げて、少し震える声でようやく囁き返す。

「…なにもいらないなんて…困ります…」
「え…」
「私のお弁当…食べてください…これからもずっと…」

キョーコはこれ以上がない程に顔を赤く染め、目にうっすら涙を浮かべながら、でもやっぱり笑顔で、そう言った。
蓮はキョーコのその言葉を聞くと、今までキョーコも見た事がないくらい嬉しそうな顔をした。
しばらくの間、お互いの気持ちを確かめ合うように笑顔で見つめ合っていた二人だったが、ふいに蓮の笑顔が形を変える。

それはキョーコがいつか見た……直視できないくらい……妖しい……

心臓が痛くなる位に激しく鼓動し、焦ったキョーコは目を逸らそうとしたが、その前に蓮が右手でそっとキョーコの頬を支えるとあっという間にその唇をキョーコに重ねた。

それは蓮が夢にまで見ていた、許された瞬間。



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