お仕事の後で─6

2010年07月15日 08:48

ここでなぜかの社さん視点です。


お仕事の後で─6


蓮とキョーコちゃんが付き合っているという事は、現時点では極秘事項。
知っているのは社長、松嶋さん、椹さん、そして俺とラブミー部の二人。
社長の側近とか、その周辺の人間で知っている人もいるのかもしれないが、その辺はよくわからない。
不破やビーグールも知っている事は知っているが、連中は少し特殊な存在だから数に入れていいのかは微妙だ。
あとはだるまやの二人くらいで、世間にはやはりまだ秘密になっている。

主な理由はやはりキョーコちゃんの負担を考えての事。
今の段階では、どうしてもキョーコちゃんの方が苦労するのが目に見えている。
社長はとりあえずキョーコちゃんが学校を卒業するまでは完全に秘密にするようにと言っている。
あとは自然の流れで、場合によっては記者会見でもなんでも開けばいいという方針だ。

(場合によって……っていうのがちょっとこわいけどなぁ……)

もういいだろうと判断した社長がなにかやらかさないかと今から心配だ。

キョーコちゃん本人は、蓮のイメージに影響が、なんて言っていたりするのだが、蓮の方はどうにでもなると俺は思っている。
多少影響があったとしても、誰かと付き合っているからって大きく人気が落ちるような俳優じゃないと、マネージャーの俺が保証してもいい。
でも今は秘密だから、その日がくるまでそういう話はしなくてもいいだろう。

問題は蓮の方だ。
蓮も今はキョーコちゃんの事を思って秘密にはしているが、その内我慢できずに大っぴらに公言して歩くんじゃないかと心配していた。
でも、今のところそんな気配はない。
意外と大人な対応だな、と思っていたが……最近はどうもちょっと違うような気がしている。

俺だけの君でいて欲しい───

そんな……アレな台詞が頭の中一杯に詰まってるんじゃないかっていう気配が………!

「さっきからなんです?……人の顔見て百面相……」
「いや……なんでもないよ」

実際に聞いてみれば本気でそんな答えが返ってきそうで怖いのでやめておく。

以前、キョーコちゃんがバカにされるような発言を聞いた時、こいつはやけに冷静だった。
クールな奴だなぁなんて思っていたが、もしかしたらあの時、既にそんな事を考えていたのかもしれない。





「……もう邪魔したりしませんから……。今までごめんなさい……」
「あ……」

少女と大人の女性の狭間のような、切なげな表情で去っていくキョーコちゃん。
主役二人の邪魔をするような役割だったキョーコちゃんはドラマ後半では黙って身を引き、けなげな少女へと変わる。
雨の夜の街、寂しげに微笑みながら、白い傘を差し静かに立ち去っていく姿はとても儚げで……なんだかこっちまで切なくなる。

「はいOKです!」

今日の分の撮影が終わり、ロケ現場は撤収作業へと入った。
キョーコちゃんは監督さんと話をした後、数人の男性スタッフや他の若い男性俳優と何か談笑していた。
キョーコちゃんの今日の仕事はこれで終了のはず。
今日は蓮の仕事もこれで終わりなので、一緒に帰りたいに違いないと思い、さりげなくキョーコちゃんの様子を伺いながら俺と蓮はそのタイミングを見計らう。
キョーコちゃんがこちらへ来るまで、なんとなく今日の撮影の感想を蓮に振った。

「俺が言うのもなんだけど、キョーコちゃん上手になったよね~。今の表情なんてすごく良かった……今回のドラマでキョーコちゃん絶対人気でるよ」
「そうですね……うまくなりました……」

褒めているのになんだか蓮の表情は浮かない。

「なんだよ、面白くなさそうな顔だな」
「そ、そんな顔してませんよ。変な言いがかりつけないで下さい」
「そうかなぁ……何か怪しいんだよな、お前」
「怪しいってなんですか」
「いや、別に」
「…………」

蓮はキョーコちゃんの成長を喜んでいる一方で、今みたいに微妙な表情をする時がたまにある。
最初はその理由がよくわからなかったが、単にキョーコちゃんの全てを独り占めしたいだけなんじゃないかと気が付いた。

キョーコちゃんも芸能人である以上、独占するという事は普通の人以上に難しい。
寧ろ、独占してる場合じゃない。
芸能界は目立ってなんぼの世界だ。
キョーコちゃんが女優として成長していくにつれ、これからもっと色んな人の目につくようになるだろう。
そうやって人気が出て、実力もつき、名実共に立派な女優になれば誰と付き合っていたって堂々としていられるようになる。
蓮だってそれを望んでいるはずだ。

でもどこかで完全にキョーコちゃんを隠し持っていたい、という気持ちがあるんじゃないかと俺には思えるんだ───


キョーコちゃんは話しかけてくる男達にいちいち真面目に受け答えをしていて、なかなかこちらに来る様子がない。
そうこうしている間に蓮の隣に仁科さんがやって来ていた。

「お疲れ様です、敦賀さん。今日はこれで終わりですか?」
「今日はこれで終わりです」
「私も終わりなんですが……あの……お時間ありませんか?」
「お時間?」
「よろしかったら……お食事でもご一緒しませんか?私のマネージャーも一緒で……」
「お食事?」

(なに聞こえた単語をただ反復してるんだよ……話、聞いてないな、こいつ……)

穏やかな笑顔で仁科さんに対応しているのかと思いきや、まったく彼女の話を聞いちゃいない蓮に気が付いた。
顔は仁科さんの方を向いているというのに、その神経は全力で……キョーコちゃんの方に向いてるに違いない。
ちょっと妙な受け答えをする蓮に仁科さんは少しだけ戸惑ったが、それでも食い下がった。

「あ、あの……敦賀さん?どうでしょうか?いいですか?」
「えっ?」

ようやく"仁科さんと会話をしている自分"に気が付いた蓮は、彼女の問いかけに一瞬言葉を詰まらせた。
このまま放っておけば「いいですよ?」なんて笑顔で答えそうだ。
そう言ってしまって慌てる蓮を見たい、なんて思ったが……一応マネージャーとしてフォローしてやる事にする。

「蓮、今日はこれから事務所に寄らないといけないだろ。時間ないから早く」

事務所に寄る用などなかったが、多分、蓮は察して話に乗ってくるだろう。

「あ、あぁ…はい、そうですね。すいません、事務所行かなければいけないので……失礼しますね、仁科さん」
「あっ…はい、そうですか…お疲れ様でした…」
「キョーコちゃーん!キョーコちゃんも事務所行くよねぇ!一緒に行こう、早くおいで~」
「えっ、あっ、はいっ!すぐ行きます!」

俺の呼び声に反応して、キョーコちゃんは自分を取り囲む連中一人ずつに丁寧にお辞儀をしてからやっとその場を離れ、控え室へと走っていった。
その後姿を見送ってから、俺と蓮もその場を後にした。



蓮の車のある場所へと行く途中、人気がなくなったところで……ちょっと遊びたくなった。

「うまいだろ?」
「……さすが敏腕マネージャー様ですね」
「まあね……大体お前、仁科さんの話全然聞いてなかったみたいだし」
「はは……あー…まぁ……」
「時間があったらお食事でもどうですか、だってさ。にこにこして愛想振り撒いてるんならちゃんと話ぐらい聞いとけよ、そのままいいですよって言うのかと思ったよ」
「…………」
「もし行きたかったのなら……邪魔して悪いな?」

俺の最後の台詞で蓮は思い切り顔を顰めた。

「そんなわけ……ないでしょう?」

さっきまで仕事現場で完璧な仕事をこなしていた「敦賀蓮」は俺の一言で人間味溢れるただの男に豹変する。
それが面白くてついつい、いつも遊んでしまうのは、芸能界でも一番忙しいんじゃないかと思われる男のマネージャーである俺の特権だろ?なんて思っている。
ニヤニヤとそんな蓮を眺めていると、ようやくキョーコちゃんがやって来た。

俺たちは蓮の車に乗ると、事務所などには向かわず、真っ直ぐに帰路に着いた。


俺の自宅マンションまで送ってもらい、車を降りる。

「じゃあ、お疲れ様~。また明日な。じゃーね、キョーコちゃん」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」

軽く手を振りながら振り返ってみると、運転席で俺に向かって手を上げる蓮と後部座席の窓から少しだけちょこんと顔を出し俺に手を振るキョーコちゃんの姿が見えた。
その後、蓮が後ろを振り向いて、キョーコちゃんに何か言っている姿も目に入る。
やがて二人を乗せた車はゆっくりと動き出した。
大事なものを乗せた蓮の車は、いつもよりも慎重に動いているかのように思えてしまう。
秘密の恋人達はこれからどんな会話を交わすのかな、なんて思いながら、俺も自室へと向かった。





次の日の朝、蓮のマンションに到着すると、エレベーターからキョーコちゃんがすごい勢いで駆け出してきた。

「あれっ、キョーコちゃん、おはよう」

確か今日はキョーコちゃんは早出だったと記憶していた。
キョーコちゃんは俺を見つけると慌てた感じの早口で挨拶をした。

「おっ、おはようございます、社さん!寝坊してしまいまして…急ぎますのでこれで!」
「じゃあ、もう蓮に送ってもらったらいいよ。こっちはまだ時間に余裕あるから」

朝だし、俺も一緒なら問題はないだろうと思ってそう言ったが、変なところで真面目なキョーコちゃんは、こういう時に妙な遠慮をする。

「いえ!そ、そんなわけにはっ!まだなんとかなりますっ!ではっ!」

まぁ、移動は電車の方が早いかなと思い、気をつけてね、と言いかけた時、すれ違ったキョーコちゃんの首元に……ヤバイ色が見えた。

「ちょ!ちょっと待った!キョーコちゃん!」

走り出しかけていたキョーコちゃんの腕を素早く掴んで引き止める。
襟ぐりが広めなカットソーを着ていたキョーコちゃんの首の後ろには明らかにそれとわかる……真っ赤なキスマークがついていた。

「や、社さん?」
「キョーコちゃん……服、他にもあるよね…?戻って着替えた方がいい……もうちょっと、こう、首元が絞まった感じの」
「へっ?」

これを言うときっとキョーコちゃんは真っ赤になるだろうけど、今、俺が言わないと後で他の誰かに指摘されそうだ。
ちょうど服で隠れそうで隠れない位置にある、鮮明な紅い色。
色の白いキョーコちゃん。
服の色も白だったので……目立つ事この上ない。
このままじゃマズイ、そう考え、素直に言った。

「後ろ、首筋の下の方、赤い」
「!!」

キョーコちゃんは自分の首筋に手を当て、たちまち真っ赤になった。

「ね、戻って着替えておいでよ。それで、蓮に送ってもらえばいい」
「は……はい……」

真っ赤な顔のキョーコちゃんは消え入りそうな声で返事をし、首筋を押さえたまま、俺と一緒にエレベータに乗った。



車内で蓮と微笑ましいんだか、刺激的なんだか、もうよくわからない言い合いをした後、キョーコちゃんは今日の仕事へと出掛けていった。
その姿を見送った後、あのキスマークをつけた犯人を今日の仕事現場へと行く道すがら、車内で厳しく言及する。

「お前なぁ……何考えてるんだよ、あんなのキョーコちゃんが困っちゃうじゃないか」
「すいません……まぁ、見えないだろうと思いまして」
「嘘だね……お前は絶対今日キョーコちゃんがどんな服を着ていくかわかってたはずだ。その上でやったな?」

俺はそう言って蓮を見つめたが、蓮は悪びれる様子もなく沈黙を貫いている。

沈黙は───肯定の意味だ。

「……まだ秘密だって言ってるだろう?もうちょっと我慢しろよ」

蓮は何も言わないまましばらく運転に集中していたが、ふいにしれっとした顔で、ぼそりと呟いた。

「別に……俺がつけたなんて……わからないじゃないですか」
「は?」

お前以外に誰が、と言いかけたが、確かに蓮とキョーコちゃんが付き合っている事を知らない人にはあれを誰がつけたかなんてわからないだろう。
あぁ……なるほど……と、蓮の考えがわかってしまった俺は心の底から呆れてしまった。

要するに、キョーコちゃんが蓮と付き合っているという事は秘密だが……誰かと付き合っているという事は秘密じゃなくてもいいだろうって事だ。
自分の名前は出せないけれど、キョーコちゃんに男の影をちらつかせる。
つまりは……虫除け。馬の骨対策。
あのキスマークはそれが目的だ。

俺は深い溜息をつき、冷たい目で蓮を見つめた。

「わっるい男だな……」
「すいませんね……悪い男で」

今、芸能界で、いや、日本で一番女性に抱かれたいと思われている190センチの色男は、そう言って子供のように口を尖らせていた。

「悪い上に……考えが浅いんだよ。ドラマの放映が始まればキョーコちゃんは今よりもっと注目されるようになるよ。それでこんな事があれば……誰が見るかわからないじゃないか。変なのに目をつけられたキョーコちゃんが時間さえあれば足しげく通う部屋は誰のマンションかなぁ?」
「…………」
「それですっぱ抜かれたりしたら、また思うように会えなくなるぞ。自分で自分の首を絞めるような真似するなよ……まったく」

ぶすっとした顔でハンドルを握る蓮を見ながら、昨日の現場を思い出す。
スタッフや他の共演俳優に囲まれていたキョーコちゃん。
仁科さんの話を全く聞いていなかった蓮。
おそらくまた、子供みたいな嫉妬をしていたに違いない。

蓮は本当にキョーコちゃんの事になると、大人びて紳士な「敦賀蓮」が消え、ただの嫉妬深い男に変わる。
そういう蓮を見るのは面白いのだけれど……キョーコちゃんに負担がかかるのは歓迎できないことだ。


俺は蓮のマネージャー。
仕事や私生活についても、一番に考えなくてはいいけないのは蓮の事なのだけれど、こと恋愛に関しては俺はキョーコちゃんの味方につくことを密かに誓った。




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