14.遭遇

2010年02月04日 14:36

14.遭遇


ど、どうしようかな…。
弁当は休みであったはずの五日目の日、キョーコはいつもの紙袋を手にTBMの一角で固まっていた。

東京に戻ってきた翌日、キョーコは早朝の予定をこなした後、事務所に寄っていた。
三日間の仙台ロケは好意的に迎えてくれた監督、スタッフ、共演俳優の人たちのおかげで、撮影自体はかなり慌しいものではあったが滞りなく終了していた。
そのことを主任に報告し、今後の予定などを話し合った後、ラブミー部の部室に向かう途中で社に出会った。

「あ、キョーコちゃん!お疲れさま~どうだった映画のほうは」
「社さん、お疲れ様です!うまく行きました、向こうの皆さん親切な方ばかりで」
「そっか~よかったね!脇役といえど初の映画出演だもんね~公開が楽しみだなぁ」

いつごろの公開なの?などと他愛のない会話をしているうちに、自然に蓮の話題へと話が変わる。

「敦賀さんはちゃんとお食事されてますか?」

さすがに心配しすぎかな、と思いつつもつい聞いてしまうキョーコ。
そんなキョーコに
「俺の見てる範囲ではちゃんと食べてるよ。でも見てないときはわからないなぁ」
やっぱりキョーコちゃんのお弁当じゃないとダメなんだよな~、などと社は軽口を叩く。
そんな社の言動は以前のキョーコならば無意識のうちにスルーしていたのだが、自覚した今はささいなものでも耳に焼きついてしまう。
思わず熱くなる頬を必死で隠しながら、キョーコは少し話題を逸らす。

「つ、敦賀さんは明日かなり早い時間から仕事でしたよね。ずっと忙しそうですね」
「うん、まあね、もうちょっと続くかな。キョーコちゃんも忙しくなってきたんじゃない?」
「そうでもないです、バタバタしてたのは今朝くらいまでで…明日は学校もいけそうですし」
「あー…明日の仕事は午後からTBMだったよね。うーん惜しい」
「惜しい?」
「いや、明日蓮もTBMなんだけど午前中だけでねぇ。キョーコちゃんは夕方からだったよね?残念残念~」

社が本当に残念そうに言うので、キョーコはもしかしたら蓮とすれ違うくらいはできるのかとほんの少し期待して、さりげなく予定時間を聞いてみたがまったくそんなことはなさそうな時間だった。

(も、もう…社さんたら。き、期待しちゃったじゃないっ)

にこにこして去っていく社の姿を見送りながらキョーコはこっそり胸の中で文句をいう。
そしてひとりラブミー部の部室で溜息をついていた。

明日まではお弁当は休み…要するにキョーコは蓮には会えない。
ロケの間は忙しさでそのことを忘れることができていたキョーコだったが、帰ってきたとたんに気になって仕方なくなっていた。
蓮の朝の時間は知っていても、詳しい予定までは聞いていないキョーコは大人しくお弁当再開の日を待つだけだったのだが、思いがけず聞けてしまった五日目の蓮の予定。

(いらないって言われてるのに、無理やり現場にまで持っていくなんてさすがにちょっと、ず、ずうずうしいというかしつこいというかおこがましいというか…やめたほうがいいわよね)

そう思う一方で、頭の中によみがえる新幹線の中で奏江に言われた言葉。

───マイナス思考はやめて前向きに頑張りなさい

結局、なんども迷いながらも蓮の分までお弁当を作るキョーコの姿が五日目の朝、だるまやの台所にあった。


そうして学校をさぼってまで来てしまったTBM。
夕方から「やっぱきまぐれロック」の収録があることはあるのだが、その予定の時間より早い、なんてものじゃない時刻だった。
しかし、来ては見たものの直前になってキョーコはすっかり怖気づいてしまった。

(これじゃなんだかストーカーみたいじゃないのっ…お弁当持ったストーカー…ふ、不意打ちでお弁当食らわす通り魔?…フ、フードテロリスト??)

焦るあまりおかしなことを考え出したキョーコは、人気のない通路で行ったり来たりを繰り返し、やがてその場に固まってしまっていた。

(いけない……こんなところで固まってちゃダメよっ…ど、どこかで落ち着いてもう一度よく考えようっ)

できの悪いロボットのようなぎくしゃくとした動きで一歩踏み出そうとしていたキョーコの後ろに、いつのまにか一人の男が立っていた。

「お前…不審者がいるって警備に通報すっぞ」
「!!」

振り向いたキョーコの目に不破尚の姿が映った。

「げっ!なんでアンタがここにいんのよっ」

急にスイッチが入ったようにすばやい動きで後方にひと跳ねしたキョーコは尚にむかってそう叫んだ。

「なんでって仕事にきまってるだろうが。お前こそなにやってる」
「わ、私だって仕事よっ」

一応嘘は言ってはいない、が、若干後ろめたい気持ちがあるキョーコはつい目が泳いでしまう。
そんなキョーコの様子を見て、ピクリと頬を引き攣らせた尚は、無言のまま一点を睨む様に見つめた。

「………?」

いつもと少し様子が違う尚を訝しげに見て視線の先を追うと、そこにはお弁当の入った紙袋を持った自分の右手があった。

(あっ…やだ!)

キョーコはそれを咄嗟に後ろに隠そうとしたが、それよりも早く尚はキョーコの手から紙袋を奪っていた。

「あっ…ちょっと!なにすんのよ!」

例のごとく、取り替えそうと伸ばすキョーコの手を無造作に避け、尚は紙袋の中身を覗いていた。

「…弁当か」

そう言って尚は苦苦しく笑い、乱暴に紙袋をキョーコに付き返した。
急に戻されたため慌てて取り落としそうになったそれを、キョーコはなんとか抱きとめて持ち直し後ろ手にする。

「…ったく!なにすんのよアンタはもう、いつもいつも!」

怒って声を荒げるキョーコを、尚は小馬鹿にしたような見下した目で見ていた。
カチンときたキョーコは思わず睨み返す。

「…なんなの?」
「別に…結局お前はそうなんだなって」
「そうって…なによ」

キョーコがそう問い質すと、尚はわざとらしい動作でキョーコが持つ荷物を伺うように見ながら
「どうせ、それ、どっかの誰かさんのために作ったんだろう?……やっぱりお前はメシ作ったり弁当作ったりしかできない家政婦だなっていってんだ」
「……!!」

なにか言い返そうと思うキョーコだが、怒りのあまり声がでない。
この世で一番憎らしいこの男の家政婦同然だった頃の自分を思い出して頭に血が上る。
怒りのあまり震える拳で、一発でもいいからコイツに鉄拳を食らわしてやろうとキョーコが思った時。

「相手はあれか?大先輩の、ツルガさんか?」

そう尚から蓮の名前を出された瞬間、キョーコのなかからキョーコ自身が驚く程の勢いで怒りのオーラが消え去ってしまった。

(あ………あれ?)

自分の変化に一瞬戸惑いながらも、急激に冷えた頭でキョーコは考える。

このバカの家政婦って言われたらきっと死ぬほど腹立たしいのに、敦賀さんの家政婦って言われてもちっともいやじゃない。
いや、それどころかむしろ人としてランクアップでもしたような気さえしてくるわ。
ちょっと卑屈になりすぎかしら…?
でもマイナス思考ってわけでもないわよねぇ。
敦賀さんの家政婦になら、なれるもんならなりたいわね、うん…
んー…でも、こんなこというとモー子さんに叱られるかなぁ~?

「オイ!キョーコきいてんのか人の話!」

そこまで進んでいたキョーコの思考を尚の声が邪魔をした。
一瞬、尚の存在まで忘れてしまっていたキョーコだったが、すぐに心の底から嫌そうな目で尚を一瞥し
「あーもう、アンタの話なんか聞く必要ないでしょ。も、邪魔だからどっか行きなさいよ、仕事は?仕事」
と、めんどくさそうに言い放った。

「なっ……」

さっきまでの怒りをすっかり消し、うって変わって冷静に尚を切り捨てるキョーコに今度は尚が怒り、声を荒げた。

「なんだお前、オレに向かってその言い草!ふざけんな!」
「ふざけてんのはアンタの方でしょ。しつこいのよ、私も仕事なんだからもう行くわよ」

そういって、以前と同じように尚に背を向けスタスタと歩きだしたキョーコの腕を、尚は今度はがっちりと掴んで捕らえた。

「ちょっ……!なにすんのよ!痛いわよ、離しなさいよ!」
「なにが仕事だよ!ただの家政婦同然の女のくせによっ!」

尚のあまりの剣幕に少したじろぎながらも、キョーコも負けじと言い返す。

「家政婦家政婦ってしつこいのよっ!言っておくけどアンタの家政婦っていうならもう死んでもゴメンなんだからねっ!」
「………っ」

そのキョーコの言葉の奥に秘められた意味を尚は理解してしまう。

オレのはいやでも…アイツのならいいっていうのか……?

尚の中に尚自身でもうまく説明できないどす黒い想いがゆっくりと沸き上がる。
なにに怒っているのかも尚はよくわからなくなっていた。
キョーコがアイツに弁当を作ってたことなのか、キョーコの尚に対する態度のせいなのか、アイツの家政婦…でもいいという意味のキョーコの言葉のせいなのか。

とにかく、キョーコのせいだ!

そう思って、尚が力任せにキョーコを引き寄せようとした瞬間。
キョーコの腕を掴んでいた尚の手が、尚がその痛みで顔を歪めるくらいの力で捻り挙げられ、キョーコは開放された。
そして自由になったキョーコの目に、今にも尚を殴り殺さんばかりの形相で睨みつける蓮の姿が入った。

一瞬、尚から解放されてホッとしたキョーコだったが、蓮のその形相を見るや否や、大慌てで蓮の元に駆け寄った。
蓮は一旦掴んでいた尚の腕を乱暴に振りほどき、そのままの勢いで今度は尚の襟首を体ごと持ち上げんばかりに掴み挙げる。
キョーコは咄嗟に空いている方の蓮の腕にしがみついた。
このまま、蓮が尚を殴るのではないかと危惧したからだ。

「つ、敦賀さん!」

ぐっと力の入る蓮の腕にキョーコも必死でしがみ付いていた。

「蓮!止めろ!」

そこへ社も現れ、慌ててキョーコと同じように蓮の腕を抱える。
その間ずっと蓮と尚は睨みあっていたが、やがて襟首を掴まれたまま尚が口火を切った。

「そんなに怒るなよ、ツルガさん…?」
「…………」

睨み続ける蓮に、尚は苦しげに、しかし精一杯虚勢を張って挑発的に笑う。
そしてチラリと蓮の腕にしがみつくキョーコに目をやり
「こいつ…便利だろ?……だから譲ってやるよ、いい家政婦として」
と言い放った。

その瞬間、キョーコと社、二人に抑えられた蓮の腕が尋常でない力で動き出そうとし、二人はそれを留めるのに必死になった。

「つ、つるがさん…敦賀さんっ」

こんな状況になっているのは自分のせいだ、と思うキョーコはなんとかこの場を収めようと腕にしがみついたまま半泣きで蓮の顔を見上げて名を呼ぶ。
涙目で必死に自分の名を呼ぶキョーコの姿に気づき、蓮はようやく尚から手を離した。
そして泣き顔のキョーコに
「驚かせて…ごめん。最上さんは大丈夫…?」
と声を掛けていた。

開放された尚は、襟元を直しながらそんな二人の様子を少しの間忌々しげに眺めていたが、そのまま捨て台詞も残さず黙って立ち去っていった。



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