お仕事の後で─5

2010年07月07日 10:25

お仕事の後で─5


いつもとは違う狭いベッド。
いつもとは違う香り。
彼女とは違う長い黒髪を掻き揚げ、それでも情熱的なキスをする。

いちいち比べるのも失礼だな、と思いながらも、いつもとの違いが頭の中を急激に冷やしていく。
だが、それは冷静に演技に集中する事になり、遼子との短いベッドシーンはあっというまにOKになった。

「はい、OKです~」
「OKです、じゃ次を……」

まだベッドの中にいる遼子には背を向けて、上半身は裸だった自分にシャツを羽織った。
すれ違うように、急いで遼子のマネージャーがやって来て、彼女に服を着せている。

(……彼女まで上半身全部脱がなくてもよかったんじゃないのかな……)

カメラには映らないとはいえ、人気女優である遼子がそこまでやらなくてもと思ったが、それだけ彼女はこのドラマに力を入れているだろうと思って感心する。
必要とあれば脱ぐ、ぐらいの心構えはあるのだろう。

(それ位の意気込みはないと……な……)

そして、すぐにそれ位の意気込みのあるもうひとりの女優を思い出す。

(……………)

役作りのためなら、脱ぐ事も厭わないかも知れない。
いや、未成年のうちはそんな役はこない……
でもこの間のシーンだってかなり際どいシーンで……
それに、いずれはそういう年齢になるだろうし……
いやいや、彼女は胸にコンプレックスがあるようだし、やっぱり嫌だと……
あぁでも、それが重要なシーンならば……彼女の事だ、覚悟を決めて脱ぐかも……
それでも、画面に大写しになって映る様なことはないはずだ……でも、相手役の俳優には……

セット脇のパイプ椅子に座ってそんな事を考えていたら、突然妙な振動を感じ少し驚いた。
思わず振り向けば、そこにはいつものマネージャー様がいた。
椅子の足を蹴る社さんの靴を見た後、俺は横目で見上げながら文句を言った。

「な、なんですか……急に椅子蹴らないで下さいよ」
「……今は休憩中じゃなくて、待機中。余計な事考えるなよ?」
「別に何も考えてませんよ……」
「じゃあ、なんでそんな眉間に皺が寄ってるんだよ。もうワンシーンあるだろうが。そんな顔してちゃ空気悪くなる、気使え、気」
「…………」

「はい、じゃあ次お願いします」

次のシーンがすぐに始まり、社さんの小言は短く済んだ。

前のシーンは初めて彼女とベッドを共にしたシーンだったが次は違う。
その後、いろんなすれ違いや、トラブルなどがあって気まずくなる期間がある。
それを乗り越えてのベッドシーンは、前よりも少し激しくしなけれないけない。

「あ……ん………」

カメラの位置を考えて、体勢を変える。
きつく俺を抱きしめる彼女を俺も抱きかえせば、熱いキスが来る。

───少し熱すぎると思った

それでも構わず、身体を密着させたまま、もう一度強く抱き寄せ、唇を首筋へ移動させた所で「OKです」の声が聞こえた。

「お疲れ様でした」

事務的に、そしていつも通りに笑って彼女にそう言うと、俺はベッドから出た。





「お疲れさん。あともう一つ雑誌の取材がある。今日はそこまでかな」
「はい」

今日の撮影を終え、次の仕事へと向かう。
助手席の社さんは、特に何も変わった様子もなく、とても……普通だ。

「…………」

いつも遊ばれて困っているくせに、なぜ今はそれを待っている自分がいるのか、よくわからない。

もう外はすっかり暗い。
アスファルトを照らす街灯。
すれ違っていく幾多の対向車のヘッドライト。
前を走る車のブレーキランプ。
信号の赤。
道を横断し、すれ違っていく大勢の歩行者達。
ライトアップされ、目に眩しい華やかなショップウィンドウ。

意味もなくそれらを真剣に見つめ、無言でハンドルを握り続けた。





「おかえりなさいっ」

玄関を開けるとすぐに彼女がいて、いつもの可愛い笑顔で俺を迎えてくれた。
いつも通りの……曇りのない、ふわりと花びらが舞う様な笑顔。

「ただいま……」

そんな彼女に俺もいつも通りの笑顔で答える。

何のトラブルもなかった今日。
俺は何事もなく帰宅し、彼女は約束どおり俺の部屋にいてくれた。
それなのに、俺の笑顔は全力で作りだした仮面の様な笑顔だ。

「ちゃんと夕飯はお食べになりました?」
「うん、ちゃんと食べたよ」

社さんにうるさい位何度注意されても、ちっとも食事は進まなかった事は当然言わないでおく。

着替えもせずにソファに座り込み、自分を抱きかかえる俺に、少しだけ困った顔で、それでも大人しくそのままでいてくれる彼女。
帰る早々、ベタベタしたがる俺。
いつものことかと諦めているのかもしれない。
それに甘えて俺はいつまでも彼女にくっついたまま。
なかなか彼女を離せない自分に、自分で呆れ始める。

(今日のシーンを撮る前は……これを見て少し焼いてくれるかな、なんて考えていたくせに……)

彼女に焼いてもらう前に、自分の方がおかしくなっている。
色んな葛藤を押し殺して、演技に全力を尽くした結果が今の俺。

仕事は、どんな事だって手を抜きたくはない。
たとえどんなラブシーンでもベッドシーンでも、完璧にこなしたい。

しかし仕事を離れてみると、どこか気持ちが不安定になった。
それを……彼女にぶつけるのはいけないと思うのだけれど。

いつの間にか、彼女の服の中に手を入れ始めた俺に彼女の焦ったような声が聞こえた。

「つ、敦賀さん……帰る早々、な、なっ……」
「んー……あぁ……そうだね……シャワー浴びないと……」
「あっ、あの、いえ、そうでなくてですねっ」

乱暴に上着だけ脱ぎ捨てると、戸惑う彼女の手を取って黙ってバスルームへと連行して行く。

「なっ……なんです?」
「いや、だからシャワー浴びようと……キョーコは?」
「まだですけどっ……また、そんな一緒にとかっ」
「いいじゃないか……一緒の方が効率がいい……」
「こっ、効率?……あっ、もうっ!敦賀さんってば」

聞く耳を持たない俺に、少し抵抗しだした彼女だったが、俺は構わずに淡々と事を運ぶ。
照れる暇もなく、あっという間に俺に裸にされた彼女は、そのまま強引な俺にバスルームへと連れ込まれた。

もう既に、シャワーを浴びるのが目的じゃない俺に、長いキスをされ、彼女はほんのりと紅く染まった。
心地よい温度と刺激の中で、髪から流れ落ちる湯をそのままに黙って彼女を見つめれば、彼女も少し瞳を瞬かせながら俺を見つめ返した。
濡れて顔に張り付いた彼女の髪をそっと掻き分け、もう一度俺がキスしようとした寸前に、彼女はプイと横を向いてしまった。

一緒にシャワーを浴びるのは初めてじゃない。
でも、こんな風に何一つ理由も示さず、甘い台詞ひとつなく連れ込んだりして、さすがに少し怒ってしまったかな、と反省しだした俺に、彼女は自らを窮地に追い込むような事を言ってしまった。

「……私だって……まったく気にしてないわけじゃないんですからねっ」
「………っ」

バスルームに響き渡る水音。
たちこめる湯気が邪魔だと思った。
横を向いたままの彼女の顔を少しだけ乱暴に振り向かせた。
そうしてしたキスが、今日で一番熱いものになったのはシャワーのせいだけじゃなかったはず。




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