お仕事の後で─4

2010年06月22日 00:02

お仕事の後で─4


「いいなぁ~アタシも敦賀さんとお話したーい」
「行ってくれば~?あそこに割り込む勇気あるんならね」
「うーん、確かにちょっと勇気いるわね。仁科さんと張り合わなきゃなんないじゃん!」
「張り合うどころか、後でちょっと睨まれちゃうのよ、仁科さんに。こわいこわい~」

キョーコは台本を片手に、自分のクラスメイト役の若い女優達の会話にぼんやりと耳を傾けていた。
彼女達の視線の先にあるのは、蓮と遼子が仲睦ましげに何か会話している姿。
気にならない事もなかったが、そこに割り込む勇気は、キョーコにもやはりなかった。

(仕事中は仕事に集中よっ!……気にしない、気にしない……)

そして、思い出す、あの夜の蓮の言葉。

───俺はキョーコ以外の女なんてどうでもいい

その台詞とその後の事を思い出し、キョーコが一人顔を赤くしていると、急に横にいた女優の一人に話しかけられた。

「ねっ、京子ちゃんはさ、敦賀さんと同じ事務所だし、前に共演もした事あるし、よくお話してるじゃない!どんな話してるの?」
「えっ!」

突然、そう聞かれキョーコは慌てたが、彼女らは構わず矢継ぎ早にキョーコに質問をしてきた。

「聞きたい!どんな事話してるの?」
「敦賀さんて、何か好きなものとかある?」
「趣味とか~、そういうの知らない?」
「えっ、えっと……」

何を話したらいいのかわからず、キョーコはとりあえず当たり障りのない事を少し言ってみた。

「あ~ええと、そうですね……しょ、食事の話とか?」
「食事?敦賀さん何好きなのー?」
「あーでも、聞いたよ、アタシ!敦賀さんてすっごい厳しい食事制限してるんでしょ?」
「そうなんだ~、やっぱり格好いい男はそれなりに努力してるのね」
「体も鍛えてそうじゃない?やっぱいいよねー!」

勝手に進んでいく会話を聞きながら、キョーコは最近蓮が言い出したらしい"カロリーコントロール"とやらの話を思い出していた。

(なにか話がおかしくなってる気がするけど……制限なんてされたら困っちゃうわ……)

社に、また蓮の食が進まなくなったと相談を受けていたキョーコは、再び弁当作りに精を出していたが、以前よりキョーコも、そして蓮も忙しく、どうしても滞りがちになっていた。
今日は密かに色々作って持ち込んでいたが、それができない日の蓮の食事事情が気になり、もっとちゃんと食べてもらうにはどうしたらいいか、などと考えていた時、今まで黙って会話を聞いていただけの一人の女優が急に喋りだした。

「食べる物気をつけてるみたいだし……男の人だし……スイーツとか興味なさそうだし……だから私教えてあげたの」
「へっ?」

少し突然とも思える彼女の台詞に、周りの女優達、そしてキョーコも一瞬きょとんとしてその彼女に注目した。
長いストレートの茶髪の先を指先で弄りながら、意味深に微笑み、彼女は言葉を続ける。

「マネージャーさんと話してるのを聞いたんだけど……富士テレビで夜やってるトーク番組あるじゃない?」
「あー…あるわね」
「あれに敦賀さん出演されるみたいだったんだけど……あれってゲストの人はお勧めの食べ物って事でデザートとか持っていくでしょ」
「あぁ……そうね」
「何を持っていったらいいか、悩んでらしたから……あたしが知ってるところのを教えてあげたの」
「そうなの?」
「困ってたみたいだから喜んでくれたわ……」
「へ、へえ……そうなんだ……」

独特な雰囲気で話す彼女に少し押され気味の周りの女優達からは、さっきまでの勢いが消え、なんとなくその場が静まってしまった。
しかし、一人の娘が「な、なにを教えたの?」と聞くと、彼女はやけにもったいぶった口調で話を続けた。

「オレンジのぜリーなの……美味しいって評判の……オレンジをね、そのまま使って器にしてるのよ……」
「へ、へぇ~美味しそうね、それ……」
「美味しいのよ……それでね、敦賀さんとても喜んでくれて……」
「くれて……?」
「ふふっ……その後は内緒」
「えっ」

ニヤニヤと笑う、長い茶髪の少女。
年齢はキョーコとそう変わらないはずだったが、妖しげなその雰囲気はそれよりも大人っぽく見える。
そしてその最後の台詞にその場にいた全員が一瞬口をつぐみ、その後一斉に彼女を問い詰め始めた。

「ちょ、ちょっと内緒ってなによ!」
「教えなさいよ~、そこまで言っといて内緒とか気になるじゃない!」
「そうよ、そうよ!何隠してるのよ!」
「…………」

キョーコまでもが思わせぶりに微笑み続ける彼女に釘付けになり、何があったのかという言葉を言いかけた。
その時、彼女はにこりと笑って驚くような言葉を言ってのけた。

「だって……敦賀さんにご迷惑になるじゃない……あたしは一度だけの遊びだって構わないんだし」
「ええー!!」

彼女の言った事に驚いて大騒ぎする女優達。
周りにいたスタッフが、少し吃驚して騒ぐ彼女達に注目した。
そして、その中でキョーコは一人、静かに石のように固まっていた。





(あ、あんなの……嘘に決まってるじゃない!!敦賀さんがそんな事するわけない!!)

キョーコは怒りのあまり、ドスドスと足音を立てながら蓮のマンションの廊下を歩いていた。

あの後、すぐに撮影が再開され、蓮と会話するタイミングがなく先に現場から帰ったキョーコは、今日の夜、部屋に行くという事だけをメールし、一人先に蓮のマンションにやって来ていた。
リビングに入り、乱暴にTVのリモコンを掴んで電源を入れると、キョーコはそのままソファにぼすんと音を立てて倒れこむ。

(全部嘘よ……あの娘、すごい嘘つきなんだわ……もう、信じられない!あんな嘘つくなんてっ)

絶対嘘だ、と確信はしていたが、それでも心の中にチリチリと突き刺さるように動きまわっている何かがあり、どうしても落ち着かない。

(早く……早く帰って来ないかな……敦賀さん……)

一刻も早くこんな気分は消してしまいたいキョーコはそんな事をぼんやりと考え、蓮の帰宅を待った。
蓮が帰って来たらすぐにでもこの事を伝えようと思っていたが、この事で騒ぐ事が蓮を疑うような気がしてキョーコは少し迷う。

(信じているなら……軽くスルーしたほうがいい?)

そうは思うものの、やはり確認して安心したかった。

(そ、それに、あんな事を言いふらすような人がいるって教えるべきよね、うん……)

必死でそう自分に言い聞かせるが、やっぱり疑ってるような気がして自分が自分で許せない。
なんだか泣きそうになってきたキョーコは気を紛らわせるためにさっきつけたTVに視線を向けた。
そこに映っていたのは……帰りを待ち望んでいる人の姿。

(あっ……この番組……)

それは昼間、彼女の話に出てきた蓮が出演するというトーク番組だった。
つい真剣にキョーコが見てしまうTV画面の中に、ゲストとして現れた蓮は手土産と称して司会者に何かを手渡している。

白い箱から出てきたのは───オレンジをそのまま器に使ったゼリー。

「…………っ」

キョーコの心臓が跳ねる。

(……ゼ、ゼリーの話は……本当だったのね……)

彼女の話は全て真っ赤な嘘だと思っていたキョーコ。
その中に少しだけ混じっていた"本当"が、再びキョーコの心の中に不安を生じさせる。

(いやっ、いやいや!ゼリーまでが本当なのよっ!そこから先が作り話で……)

そう考えたものの、TV画面いっぱいに映るオレンジ色の真実に心臓が痛くなり、目が離せなくなっていたキョーコに「ただいま」という蓮の声が聞えて来た。

「あっ……おかえりなさいっ」

慌てて振り向いてみれば、そこにはいつも通りの優しい蓮の笑顔。

「あ、見てた?ちょうどいいタイミングだね」
「えっ?」
「はい、これお土産」

ソファに座ったままのキョーコに蓮が手渡したものは……今見たばかりの白い箱。
震える手でキョーコがそれを開けると、その中にたった今TVの中で見たばかりのオレンジのゼリーが二つ、入っていて……

キョーコはそれを見た瞬間、心臓が凍りついたようになり、我慢できずとうとう泣きだしてしまった。





「どうでした……何か聞けましたか……」

不機嫌そうにセット脇の椅子に座っていた蓮の元に戻ってきた社は、今聞いてきたばかりの話を蓮に伝え始めた。

「あぁ、聞けた、聞けた……色々とな。どうもあの娘は悪い癖があるみたいだな」
「…………」
「やれ、アイドルの誰それと昔付き合ってたとか、俳優のだれと関係しただの……呆れる位いろんな事を勝手に言いふらしてるみたいだよ」
「……そう…なんですか……」
「そういう事を言う娘だって一部では有名みたいだ」
「…………」
「彼女の事務所の人にさりげなく抗議しておいたんだけど…なんかもう対応に慣れてるみたいでさ……これ以上おかしな事言ったら事務所通しますよって言ったら少し慌ててたから……まぁもう大丈夫だとは思うけど」
「…………」
「話を聞いた娘達もさ、やっぱり嘘なんですね、って言って笑ってたよ。あの感じだと噂にもなりゃしないな」
「……そう…ですか……」
「まぁ、お前は注目される奴だからな。なにかとそういう人間のターゲットになりやすい……今回は運が悪かったかな……キョーコちゃんに直接そういうのを聞かれるなんてな」
「…………」
「ん、あれか?やっぱり疑われちゃった?裏切ったんですかっとか」
「失礼な……これでもちゃんと信用あるんですから……と、いうかむしろ疑われて責められた方がよかったかなって……」
「へっ」

ゼリーを見て泣き出したキョーコに驚いた蓮は、必死で何があったのかキョーコに聞いたのだが、キョーコはなかなか理由を口に出さず、蓮は理由がわからないままずっと泣き続けるキョーコを抱きしめているだけだった。
そして、落ち着いてからようやく理由を話し出したキョーコは、その後、唯ひたすら謝罪の言葉を繰り返していた。

少しでも疑ったりしてごめんなさい。
自分が自分で許せないです。

そんな内容を繰り返し、その夜、ずっとキョーコは泣いていた。

「……評判良かったのであのゼリーを持っていってしまったのも……まぁ……タイミングが悪かったっていうか…運が悪かったっていうのか……」
「あー……あれな……ゼリーの話も、キョーコちゃん、一緒に聞いたんだったな……変な追い討ちみたいになっちゃったか……」
「疑われるより……自分を責めて泣かれる方が辛いんですけど……」

そう言って、長く深い溜息をつく蓮に、少し経ってから社はひとつ、質問の言葉を向けた。

「なぁ蓮、お前キョーコちゃんが好きそうなデザート……スイーツとか知ってるか?」
「えっ?」
「甘いのがいいとか、どちらかといえばサッパリしてるのが好きとか」
「えっ……ええと」

キョーコが好きそうな服装や、雑貨小物などは想像がついても、こと食に関してはあまり知らない事を知って蓮は少し自分にショックを受ける。
思い当たる事と言えば、目玉焼きののったハンバーグと……ワインゼリーくらいだった。

「……お前、あんなにキョーコちゃんにご飯食べさせてもらってるくせに、そういうのはわからないのかよ」
「あ、いや、その」
「ファミレスやレストランでハンバーグ、テイクアウトしてもなぁ……まったく、普段から食に関心が薄いからそうなるんだ。今回はゼリーもダメだな、違う感じの奴が良いな」
「今回はって……なんです?」
「ん……なにか良いもの、キョーコちゃんにもう一度持っていってやれよ」
「え」
「いや……今度の事はさ、俺もちょっと良くなかったかなって……時間がなかったからあの娘の言う通りのもの買ってお前に持たせたじゃないか。俺もあんまりああいうものに詳しくなかったから……ちゃんと別口で探せばよかった」
「そんなのは……社さんのせいじゃないですよ。あの娘がそんな娘だってあの時は知らなかったし」
「それでもあの番組に持っていったものが別の物だったら、キョーコちゃん泣くまでにはならなかったんじゃないか?……俺だってキョーコちゃんが泣くのはいやなの」
「社さん……」
「普段、お前の食事の事とかさ、散々相談に乗ってもらってるのにこれじゃあ俺も気がすまない」
「ちゃ、ちゃんと食べますよ……ご飯は」
「ぜひそうしてくれ……いいや、なんか適当に調べてみるよ。有名な店とか探せばいくらでも見つかるだろ。今度キョーコちゃん来る時に持ってけよ」
「……あ、りがとうございます……」

真面目な顔で手袋をし、携帯を操作し始めた社に、蓮は心から感謝の言葉を述べた。





「はい、これ」
「えっ……また何か買って来たんですか?」
「んー……社さんが持ってけって言ってね」
「も、もう……恥ずかしいから言わないで欲しかったのに……」

少し拗ねたようにそう言いながらも、蓮からお土産の箱を受け取るキョーコは、やはりどこか嬉しそうだった。

「こんなにいつも夜に甘いもの食べちゃうと……太っちゃいます」
「ん?平気だろ?……ちゃんといつも消化するしね」
「へっ」

ぽかんとしたキョーコの頬に蓮はちゅ、と音を立ててキスをした。

「きゃ!……ん、もう…またそんな事ばかりっ」
「はは……」

真っ赤になって怒るキョーコを笑ってやり過ごし、蓮は着替えるためにクローゼットへ向かう。
少ししてからリビングへ戻ってきた蓮の目に、テーブルに買って来たものを並べてにこにこと嬉しそうに笑うキョーコの姿が入ってきた。

「ん、それ気に入った?」
「これっ…器がすごくかわいいですっ。プラスチックじゃないちゃんとした器ですし、後で自分で何か作ってまた使おうかなぁ……」
「あぁ……いいね……それは」

キッチンで張り切って何か作るキョーコの姿を思い浮かべ、蓮は一人思い切り顔を緩める。
その後、蓮の部屋のキッチンの食器棚の中に、色とりどりな大小さまざまな容器が二つずつ、増えていった。




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