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13.それはもう既に麻薬

2010年02月04日 13:35

13.それはもう既に麻薬


「お腹空きましたね……」

ポツリとそう漏らす担当俳優に、マネージャーの社は衝撃映像でも見せられているような顔をした後、心底呆れたように溜息をついてがっくりと肩を落とした。

「…なんですか。そんな変な事言いましたか?」
「…あぁ、言ったよ。お前がその手に持ってるのはなんだよ」

社はそう言うと、傍らにあったペットボトルのお茶を一口飲み、もう一度呆れた目を蓮に向ける。
控え室のテーブルを挟んだ向かい側に座っていた蓮は少しの間ぼおっとしていたが、手にしていた食べかけのロケ弁に気づき、瞬間無表情になった後、何事もなかったかのように適当なおかずを口へ放り込む。

「食ってる最中に腹減ったってなんだよ…ボケんのにも限度があるぞ」

ばつが悪いのか、蓮はその社の言葉になにも返さず黙々と箸を進める。
食事の真っ最中なのに、そしてそれ以上に、食に興味がなく、腹が減った、などいう言葉などいままで口にしたことのなかった蓮のその一言は社をかなり驚かさせ、そして不安にさせる。

(大丈夫かよ、こいつ…)

「頼むから仕事に影響させんなよ」
「…させませんよ」

そう返した蓮は表情を崩さぬまま、その「仕事」の一環のように、機械的に弁当の中身を次々と口へと運んでいく。
そんな担当俳優の様子に社は再び何か言いかけたが、諦めたように軽く溜息をつき、食を握られるって結構怖いな、などと思いながら自分も弁当の続きを食べ始めた。
昔からよくある、花嫁修業と称して料理教室に通う女性の姿、あれはこういうことか?あれは自分をアピールするだけじゃなく、その後のことも考えられていて……社がそんなことを考え始めたところで、蓮が席を立った。

「ん、早いな、もう食ったのか?」
「ちゃんと食べましたから」

そう言って空の弁当箱を社に向けて見せる。
社はそれをじっと見て、はいOKとばかり軽く手を挙げて合図する。

「まったく…子供じゃないんですから一々確認されたくないんですけどね」

空の弁当箱はテーブルの上に戻し、自分は横にあったソファに座り直しながら面白くなさそうに蓮はぼやいた。

「確認されるようなお前が悪い。昨日の昼は俺いなかったけどお前ちゃんと食ったか?食ってないだろ?どうせ」
「………」

沈黙が答えになった。
そんな蓮を一瞥した後、社は少々大げさな動作で手帳を取り出し、中を確認する。

「明日と…明後日もダメなんだよな。んで明々後日はこっちがダメ、と。五日間かぁ~。こんなに間空くのは初めてだな」
「…そう…ですね」

少し遊んでやろうかと思っていた社だが、寂しそうな顔を隠そうともしないでそう答えた蓮を見て、やめることにする。

キョーコが蓮に弁当を届け始めて一ヶ月以上になっていた。
最初、毎日は無理かも…と言っていたキョーコだったが、これまでほぼ毎日弁当は作られ続けていた。
時間や状況的に厳しい日が何度もあったのだが、やけに積極的なキョーコと、放っておけば毎朝自分からキョーコの元へ通いかねない蓮、双方の努力の甲斐あってか、途切れることがなかった。
社は最初、キョーコが見せる積極性が少し不安だった。
もしかしたら"仕事"になってしまっているのだろうか、と。
しかし、そんな社の不安はやがてかすかな期待へと変わった。
毎朝、こぼれんばかりの笑顔で蓮に弁当を手渡すキョーコの姿、社にとってそれはどう見ても「恋する少女」にしか見えなかったのだ。
しかし、大っぴらにそれを蓮に言って冷やかすようなことはしなかった。
バレンタインの頃に似たようなことをやって、かなり心臓に悪い蓮に遭遇していたからだ。
だが、二人の進展を常々願う身である社は我慢出来ずに、一人事務所に立ち寄った折、居合わせたキョーコの方に話を振ってみた。
その時のキョーコの反応は…社の期待以上のものだった。
真っ赤になって動揺しながらいろんな言い訳するキョーコは、以前とは明らかに違う、普通に、いやかなり分かりやすい、恋する少女の姿だった。
いつの間に、こんなに変わってくれてたのかねぇなどと一人感慨深く思いつつ、これならもう時間の問題、そろそろ蓮も動くべきじゃないか?煽った方がいいのか?いやヘタに煽ってこじらせるのもな……社がそんなふうに考えるようになった頃、蓮の方から、仕事人間の蓮には珍しい言葉を聞かされるようになった。

「少しは休みがとれませんかね」
「丸々一日とはいいませんから」
「できるだけでいいですから早いうちに」
そして、「もちろん、ただ休めればいいってことじゃ…ないですよ?」
そういって突き刺さるような眩しい紳士スマイル。

開き直りやがったな…こいつ、性質が悪い、と笑顔で圧力をかけ続ける担当俳優に内心毒づきながらも、社はスケジュール調整に精を出し始めた。
毎日会ってるんだからそこでなんとかしろよ、と思わないでもない社だったが、朝のあわただしい時間に片手間のように告白させるのも気の毒だと思ったからだ。
そうして、なんとかうまく蓮とキョーコ、二人揃っての空き時間が作れそうな、ちょうどその日に、キョーコの方に突発的な仕事が入ってしまった。

三日間の地方ロケ。
ロケ最終日、キョーコの帰宅予定は遅い時間で、次の日はいつもより朝早い。
さすがにそんな中で無理はさせられない、と社と蓮の二人がかりでキョーコを説得し、弁当は四日目も遠慮することにした。
その上、調整があだになって蓮の予定がつまってしまい、五日目は蓮側から断ることになってしまった。
それが過ぎればきっとまた弁当配達は再開されるだろうが、蓮の休みの方はまたしばらくお預け。

──誰の運が悪かったのかな。

まだ蓮に時間がとれそうだぞ、と告げていなかった分、俺の運じゃないよな、と思ったが、キョーコに会えない二日目にして既におかしな言動を見せる担当俳優の残り三日間を考えて、やっぱり俺のかな、と思い直す社だった。





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