12.モー子さんと一緒

2010年02月04日 12:28

12.モー子さんと一緒


「モーーーー子さーーーぁぁーーーーーーん!」

早朝の新幹線ホームに、奏江の姿を見るや否や喜び勇んで叫ぶキョーコの声と「朝から大きな声だすんじゃないわよっ」と叱り付ける奏江の声が響いた。

「エーー、だって一緒の仕事なんて初めてじゃない!もー私嬉しくって」
「あーもう、わかったから静かにして。ほら、早くこっちよ」

事務所から渡されていた乗車券で乗る車両を確認し、二人は既に到着していた新幹線に乗り込んだ。
平日の始発の東北新幹線は、スーツ姿のサラリーマンが多く、車内にはそれなりに人はいるのだがあまり話し声もせず静かだった。
自然と声を潜めた会話をしながら、二人は指定された座席にたどり着いた。

「私、東北新幹線初めてかも。モー子さんは?」
「私も初めてかな。まーでも新幹線なんて」

どこでも一緒でしょ、と言いかけてキョーコを見ると、キョーコは子供のようにわくわくした顔で周りをキョロキョロと見回していた。
そんなキョーコを、少しは落ち着きなさいよ、と諌めて席に座る。
やがて二人の乗った新幹線は静かに動き出した。

今回、二人はオール仙台ロケで撮影されているサスペンス仕立てのとある映画に出演することになった。
つい先日決まった突然の仕事だった。
映画の撮影は中盤まで進められていたのだが、そこで出演していた二人の女優がプライベートで問題を起こしてしまった。
それは警察沙汰になるほどの大事で、二人は即、それぞれの事務所を解雇になり、そのニュースはTVでも報道されていた。
両人ともまだ若い女優で、知名度もそれほどなかったため大騒ぎにはならなかったが、今回の映画に力を入れていた監督は激怒し、今までその二人がでていた部分をすべて他の役者で撮り直す事を決める。
そして急遽、女子高生くらいの、それなりに演技のできる、且つ素行に絶対問題のない者、という条件で該当者はいないか、多くの事務所に打診をした。
主演や他の競演俳優との絡みも多少あり、そのスケジュールにあわせるために、今日からのこの三日間空いている事、という条件もあった。
そうして候補に上がった数人のうち、選ばれたのがキョーコと奏江の二人だった。
DARKMOONの美緒であったキョーコ、ドラマに出演中の奏江、それぞれを監督が高く評価していたのが決め手になった。

「チョイ役とはいえ映画に初出演よ!すごいと思わない?」
浮かれ気味のキョーコに対して、奏江は少し不満そうに
「まぁそうなんだけど、初めての映画が代理っていうのがね」
と不満を漏らす。
それでも掴めるチャンスは掴んでおくべきよね、と思い直し、荷物の中から台本を取り出した。
速読が特技の奏江はもう既に何度も台本を読んでいて、内容も完全に記憶していたが、それでもつい読み返してしまう。

「この三日間で今まで彼女たちが出ていた分全部撮り直すんでしょ。チョイ役ではあるけどでてるシーンは多いわねぇ。かなりハードな三日になりそう…あんた、台詞全部はいってる?」
するとキョーコもわたわたと台本を取り出し
「も、もちろん!もうね、必死に何度も読んだもん。あ~緊張するぅ~」
さっきの浮かれ気分はどこへやら、キョーコは急にぶるぶると軽く震えながら早くもくたびれてしまっている台本に目を落とす。

「今からそんなに緊張しないでよ…こっちまで移るじゃないのっ」
「モー子さんもやっぱ緊張…する?」
「そりゃーね」
「そっか」

台本越しに奏江の様子を伺っていたキョーコは、すこしホッとしたようにふわりと笑う。
そして急になにかを思い出した顔をして、自分のバッグをがざごそと漁り始めた。

「ねっモー子さん、朝食べてきた?時間早かったでしょ」
「んー…車内でなにか食べようかなと思ってるんだけど」
車内販売の姿を探して通路に目を向けているとキョーコが
「じゃ、お弁当食べない?作ってきたの!」
といって、茶色い紙袋を取り出した。
「は?お弁当??なにあんた今日も作ったの?……ていうかまさか今日も敦賀さんに」
「えっ!いや、その、さすがに今日は…時間がすごい早かったし…」
蓮の名前が出たせいか、少し赤くなりながらキョーコは紙袋を開く。
「でもなんかもう習慣になっちゃって、なにか作らないと気がすまないっていうか。で、モー子さんにどうかなぁって」
「はぁ…習慣って…あんた本当にマメね~」

そんなキョーコに若干呆れつつも、奏江は差し出されたおにぎりを大人しく受け取った。
キョーコはいそいそとおかずも取り出し、座席のテーブルの上に並べる。
簡易容器にきっちり詰められたそれは、バランスもよく考えられていて、色合いも綺麗だ。当然、味もいい。
卵焼きを一切れつまみながら奏江は、敦賀さんはこれ毎日食べてるのね、と思い、なんだか居心地の悪いような、申し訳ないようなそうでもないような、なんともいえない妙な気分になった。
そして、いろいろと突っ込みたい衝動が沸き上がる。

「あんたが習慣になるほど毎日続いてたのに、今日から三日間はお休みなのね…」

そう言ってちらりとキョーコを見る。

キョーコは少し考え込むように
「うーん、三日間じゃなくて…このロケ終わった次の日も私の時間が早くて…で、その次は敦賀さんのほうがやけに早いみたいで結局五日間お休みなのよ」

でもちゃんと食べるからって言ってたし大丈夫よねっ、と独り言のように呟くキョーコの横で、奏江は、五日間なんて敦賀さん死んじゃうんじゃない?などと物騒な事を思う。
そして、奏江の隣で、うーん、でもやっぱりちょっと気になるのよね、などとブツブツ呟き続けていたキョーコに
「で、さ……あんた達、いつまとまるのよ?」
と、ずばり直球を投げてみる。

「は?」

奏江の言葉にポカンとするキョーコ。

「だから、いつになったらくっつくのよって聞いてんの」

それでも意味がわからないとばかり、怪訝な顔をしているキョーコを見て、名前出してはっきり言わないとダメなのかしら、鈍感ねぇと奏江が思った刹那、キョーコは憤死するんじゃないかと思うくらい急激に、顔だけじゃなく耳や首までも真っ赤に染めあげた。

「んなっ……な…く、くっつくってっ…そんなことっあるわけないじゃ…ないっ…」
「あるわけないってなによ…だってあんた好きなんでしょ?…敦賀さん」

奏江は周りに気を使って少し声を抑え目に最後の名前を言ったが、キョーコの耳にはしっかりと届いたらしく何も言葉を発しない状態で口をぱくつかせる。
そして真っ赤だった顔色を今度は具合悪いんじゃないかと思うくらい白く、青くさせ、横を向いて分厚い窓ガラスに鈍い音を立てながら頭をぶつけていた。

「ちょっと…なにやってんの、危ないわよ」
「だって……」

しばらくそのままの状態でいたキョーコだったが、やがて体勢を戻して観念したように深い溜息をつき
「やっぱり……わかっちゃった…?」
と呟いた。
そんなキョーコを見て、とうとう白状したわねと奏江は満足し、畳み掛ける。
「そりゃわかるわよ。いくら尊敬する先輩っていってもね、なんとも思ってない男に毎日そんな熱心に会いにいくもんですか」
「あ、会いにいくってっ…それはお弁当をねっ」
と言い訳しはじめたキョーコだったが、冷静にじっと見つめる奏江を見てあきらめたように再び溜息をついた。

「そりゃあね、いい口実にしてる…っとは思ってるわよ…。でも…私のとりえなんてこれくらいだし…こんなことでもしなきゃ会う機会もないもん…」

そう言って今度は暗い顔で落ち込み始めたキョーコを見て奏江は、自分の恋心は自覚してても相手の気持ちには全然気がついてないらしいキョーコに気づく。

「あんたがその気になれば、わざわざ口実作らなくてもいくらでも会えると思うけどね」
「へっ?……どうやって?」
「どうやってって…」

再びポカンとするキョーコに奏江はメンドクサイとばかりにまくし立てる。

「あんたが"そう"なのと同じように、なんとも思ってない女の弁当を毎日連絡しあってまで受け取って黙って食べ続ける男なんていないってことよっ」
ましてやわざわざ取りに来たりもしないわよっ、と付けたし、キョーコの様子を伺うがなぜか暗い表情は変えず俯いたまま。

「敦賀さん…は優しいから…断りきれないってだけじゃないかな…私かなり強引にやってるし」
「なんでそうなるのよ。だって向こうから任されたって話になってたじゃない」
「私に気を使って…そう言ってくれたんじゃないかなって」
「はぁ!?………あんたねー…マイナス思考にも程があるわよっ!あっちだってあんたが好きに決まってるじゃないのっ!」

思わず声が大きくなってしまい、奏江はあわてて少し立ち上がり周囲を見回す。
通路を挟んで隣の席のサラリーマンはヘッドフォンでなにか聞いていて、前の席の二人連れの女性は楽しげになにか会話をしている。後ろは空席だ。
それ以外の近くの席の人も寝ていたり、新聞を読んでいたりと特にこちらを気にしてる気配はなかった。
ホッとして席に腰を下ろし、もう一度キョーコの方を伺うが、俯いたまま表情は変わらない。
もうこの際だから、もっとはっきり彼の気持ちを代弁してやろうかしら、と奏江が思った時。

「そんなの有り得ないよ…だって敦賀さん好きな人いるんだもん」
と、キョーコが寂しそうに呟いた。

今度は奏江の方が意味が分からないとばかり、怪訝な顔をしてキョーコを見る。

「なにそれ……どっからの情報?」

「敦賀蓮」に女の噂なんて事務所内でもどこの現場でも奏江は耳にしたことはない。

「本人から…聞いた…」

そのキョーコの言葉にますます意味がわからなくなり、奏江は詳細をキョーコに問い詰めた。
「坊」の着ぐるみを着た状態のままで、彼に会っった時にそういう話をしたのだという。
もちろん、「坊」の中身がキョーコだとは告げてはいない状態で。

「ね?だから……片思いなのはわかってるんだけど…」

そういって、再び暗い顔で俯くキョーコだったが、ふと様子のおかしい奏江に気がつく。

「モー子さん…?」

奏江はお腹を押さえるような体勢で頭を下げ小刻みに震えている。
どこか具合でも悪くなったのかと心配になったキョーコがあわてて奏江の顔を覗き込んでみると
「も…ダメ…っ」
奏江は目にうっすらと涙まで浮かべて必死に声を殺し笑っていた。

そんな奏江の様子にキョーコはしばらく呆然としていたが
「な、なんで笑うのよ?」
と今度は怒り始めた。

「あっは、はっ…ご、ごめんごめん、でもね…もう可笑しくって…だって本人に…っそんな…っ」

奏江の言葉の意味がわからないまま、笑うなんてひどいっとばかりプンと横を向いて拗ね出すキョーコに、奏江は必死で笑いを押しとどめて
「その敦賀さんの話さ、相手の名前は聞いてないんでしょ?」
と聞いてきた。

「…そりゃそうよ。さすがにそこまで聞けないわよ」
「まーねぇ…でもさ、なにか特徴とか年齢とか…も、聞いてないの?」
「あー…確か高校生だっていうことだけ…」

「寡月」の演技で悩んでいた蓮の、好きだという相手が「美月」と同じ高校生だということを知って喜んで煽っていた自分を思い出し、再びキョーコはどんよりとした気分になった。
しかしそのキョーコの答えを聞いて再び吹き出す奏江を見て、キョーコはもう怒るのを通り越して頭の中が混乱してしまっていた。

「あの…モー子さん…?一体なにがそんなに可笑しいのかさっぱりわかんないんだけど……」

そんなキョーコに、笑顔で涙を指でぬぐいながら「ごめんごめん、ちょっと待って」とだけ言い、奏江はやっときた車内販売からコーヒーを買ってゆっくりと一口飲んだ。
そうしてようやく落ち着いた奏江は、それまでの間じーっと奏江を見つめ続けていたキョーコにやっと口を開いた。

「まー、そうね、これだけは言っておくけど、あんた敦賀さんに対してそういうマイナス思考はやめなさい」
「えっ?…でも」
「でもじゃなく。敦賀さんの好きな相手は高校生なんでしょ?高校生ってあんたも高校生じゃないの」
「え?ええっ?そ、そりゃそうだけど…え、えええ??」

まさか、そんなありえない、と慌てふためくキョーコに奏江は落ち着いたまま続ける。

「可能性はゼロじゃないでしょ?もっと前向きに考えて…弁当作ってあげてりゃいいのよ」
「前向きにって……そんなの無理よ、第一私なんかとても釣りあわないっていうか……」
「だからそういうマイナス思考はやめなさいって言ってるの。それに釣りあうもあわないもないわよ恋愛に」
「だって…敦賀さんだよ?それに比べたら私なんかまだまだかけ出しのタレントで…」
「なぁに、芸能人としてってこと?そういう意味なら今の芸能界に敦賀さんに釣りあう女性がどれくらいいるかしらね。あんたより人気も実力もある人はたくさんいるけれど、それだけじゃないでしょ?人柄も良くて綺麗で色気もあって実力もあって?かなり数は少なくなるわねぇ。そんな少数の中から敦賀さんは相手を選ばなきゃいけないわけだ」
「…………」
「好きな人はそんな基準で決めるものじゃないでしょ?釣り合いなんて…くっついてから考えなさい」
「……………」

可能性はゼロじゃない、恋愛に釣り合うも合わないもない、そんな奏江の言葉でキョーコの中に沸いたかすかな希望。
そして毎朝浴びていた命の危機さえ感じるほどの彼の神々しい笑顔。
今まで、片思いだから、自分なんて釣り合わないから、と、どこかあきらめて抑えていた部分の気持ちがぐらりと大きく動き出した気がした。

「で、でででででも、いくら可能性がゼロじゃないっていってもっ…そう簡単に前向きには…」

思い切って告白でもしてきっぱりとお断りされたら、自分はどうなるのだろう、とキョーコは怖くなる。
アイツに捨てられたときは復讐に燃える女と変貌した自分だったが、今度はどうなるのか。
一方的に好きになって振られるのだから復讐、とはいかない。
ただ、当然、今までのように彼の笑顔を見て心をときめかせることはなくなるだろう、むしろもう笑顔を見ることもできなくなり、会うこともなくなり…お弁当を作ることもなくなる。
ヘタをすれば女優生命さえ危機を迎える。
頬にキスされただけであんなにも取り乱してしまった自分を思い出す。
きっと共演することになんかなったら、自分はまともに演技できないに違いない。
そして…そんな女優は首だ。

「こ、こここわい…こわいよ……」

急に真っ暗な顔してガタガタ震えだしたキョーコに奏江はちょっと吃驚して思わず身を引いた。

「あんた…なに想像してんのよ。マイナス思考はやめなさいって何度も言ったでしょ」
「いや…マイナス思考っていうか…単に未来予想図を想像しただけなんだけど…どうしよう女優続けられなくなったら」
「は?なによそれ、一体どこまでどんな風に想像したのよ…」
「女優続けられなくなってっ…モー子さんとこんな風に仕事もできなくなってっ…そ、そんなことになったらっ」

そういって滂沱するキョーコをわけわかんないわ、と心底呆れた風な奏江だったが、ふっと何かに気づいたように
「…なんとなく想像ついたわ。別に今すぐあんたから告白しなさいとか言ってないから…マイナス思考はやめて前向きに頑張りなさいってだけよ」

ね、わかった?と言って子供をあやすようにキョーコの頭を軽くぽんぽんと二回叩く。
"病み上がり"のキョーコでは、恋を自覚しただけでいっぱいいっぱいなのだろう、と思ったからだ。

「ほら、わけわかんないことで泣いてないで、あんたもお弁当食べなさいよ。もたもたしてたら向こうに着いちゃうわよ」

奏江がそう言って笑いかけると、キョーコも気を取り直したように笑って頷き、二人でお弁当の残りを食べ始めた。
散々笑い飛ばしてしまった「敦賀蓮」への償いに、もっとキョーコを煽ろうかと考えていた奏江だったがキョーコのことを思うとここまでが限界だった。
後は彼の方で頑張ってもらいましょう、と考え、奏江はキョーコとの会話を仕事の話に切り替えた。



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