お仕事の後で─2

2010年06月07日 11:06

お仕事の後で─2


「敦賀さん、これ食べてくださいませんかっ!」

今回のドラマで蓮の相手役を努める仁科遼子が、突然蓮の控え室にやって来て、弁当箱を蓮に差し出した。

「えっ?」
「あの、敦賀さんは食にうるさいと聞いたので、ぜひ評価して頂きたいと思いましてっ」
「食にうるさい?」

蓮と、その隣にいた社は同時に頭の中で彼女が言った言葉を反芻していた。

「すいません、突然!で、でも、私、料理それなりに自信あるんです。それで敦賀さんのご意見を伺いたいと思いましてっ!」
「は、はぁ……」
「よろしいでしょうか?」
「あ、はい……ありがとうございます……」

蓮はたじろぎながらも遼子から弁当を受け取り、お礼を言う。
遼子は少し顔を赤くしながら照れくさそうに軽く会釈し、そそくさと控え室から出て行った。

「食にうるさい……」

思いがけない遼子の言葉に蓮は手渡された弁当を持ったまま少し呆然としていた。

「あー…あれかなぁ。お前どこの現場いっても控え室篭ってキョーコちゃんの弁当食ってたじゃないか。あれがおかしな方向に噂になってるんじゃないのか」

食にうるさいどころか大雑把で無頓着な蓮にそんな噂が立ってるのかと思うと、社は少し可笑しくなり、吹き出しそうになりながらそう言った。

「笑い事じゃないですよ……なんでそんな噂が……」
「まぁ……食べれば?今日はキョーコちゃんのお弁当ないしな。キョーコちゃんがこっち来るのは午後からだったっけ」
「…………」

少しニヤニヤしていた社だったが自分も食事にするか、と弁当片手の蓮を置いたまま控え室から出て行こうとした。
しかし、そんな社の腕を蓮はすばやく掴んで引き止めた。

「なんだ?」
「……社さん。外に食べに行くのならどうですか、これ。仁科さん、料理に自信があるって言っていたし、きっと美味しいですよ」
「お前、失礼な奴だな~。彼女はお前にって持ってきたんだぞ。ちゃんと食べてやれよ」
「勿論、そうしたいのは山々なんですけど、残念ながら俺はあまり量が食べられないのは知っているでしょう?」
「何言ってんだ、弁当ひとつ位は食べられるじゃないか」
「それはそうです」
「じゃ、食べればいいじゃ…」

そこまで言いかけて、社はふとキョーコの今日の予定を思い出した。
入りの時間はまだだったが、午前中は特に仕事は入っていなかったはず。

「もしかして……キョーコちゃん早めに来るんだな?」
「……」
「弁当持ってここ来るんだろ。ちゃっかり約束しやがって」
「……そこまでわかったんなら」
「あーでも、駄目駄目。仁科さんは、それ、お前に持ってきたの。お前が食べるべき」
「……」
「頑張って食べるんだな、両方。モテる男はツライよって奴を味わえよ。消化剤なら持ってるから」
「社さん……」
「そんな顔しても駄目だ。ちゃんと食え」
「食べ過ぎで体調悪くしたりしたら午後からの撮影が」
「重箱丸ごと食ってもなんとかなったじゃないか。頑張れよ」
「あ、あれとコレとでは」
「同じ、同じ。いいからさっさと食えよ、キョーコちゃんもう来るんじゃ」
「あのう……」

揉める二人の横に、いつの間にかキョーコがやって来ていた。

「わっ、キョーコちゃん!」
「あ…」

驚く二人の前で、おずおずとキョーコは口を開く。

「あの……ノックしてもお返事なかったので勝手に入ってきちゃいましたが……」
「あ、いや、ごめん、ちょっと話し込んでて」
「それ……仁科さんが作ってきたお弁当なんですか?」
「えっ」

蓮は手にしていた弁当箱を持ったまま、さっと顔色を変えた。

「あっ…いや、これは」
「やっぱり……敦賀さんが食べた方がいいと思います……」
「キョーコ……」
「私のは気にしなくてもいいですから……他に食べてくださる方いるかもしれませんし」

そう言ってキョーコは笑ったが、ほんの少し寂しげな様子が横に居た社にもわかった。
どうフォローすべきか社が悩んでいると、キョーコはくるりと社の方を向き「あ、あの、もしよかったら……社さん食べて頂けませんか?」と言った。

「えっ……あー」

キョーコの弁当が美味しいのを知っている社は喜んで、と即答したかったが、一瞬、躊躇った。
その僅かな間に蓮はキョーコを引き寄せて
「大丈夫、弁当二つくらい平気だよ」
などと言って、少し俯き加減のキョーコの顔を覗き込み、にっこりと微笑んでいた。

「で、でも……食べ過ぎになっちゃいます……」
「平気だよ、これ位」
「またそんな事言って……無理させたくはないんです……」
「大丈夫だから……」

横に居る社の存在を忘れたかのように、たちまち甘いムードに包まれる二人。
その様子に呆れた社はこれ以上あてられたらかなわないとばかり、自分の食事を済ますために控え室から静かに出て行った。





「んもう……食べ過ぎで具合悪かったんじゃないんですか……?」
「もう…消化したよ……?」

ベッドの中で、蓮は汗ばんだキョーコの首筋に顔を寄せながらそう言い、くすくすと笑った。
そのまま軽く音を立てて口付けられ、キョーコは蓮のその唇の感触と耳の間近で囁かれる声の甘さに一度は治まった身体の熱がほんのりと蘇り、少しその身を捩った。

「も、もう……心配して来たんですからね……?」

キョーコが止めるのも聞かずに二つの弁当を食べきった蓮は、その後の撮影現場では平気な様子を装っていたが、休憩のたびに具合を悪そうにしていたのをキョーコは見逃さなかった。
つい最近、蓮に食事攻めをした事のあるキョーコは、こう何度も蓮が許容範囲以上に食事をしては本当に身体を壊してしまうのではないかと本気で心配し、いつもならば来ない遅い時間に無理をして蓮のマンションまでやって来ていた。

「こうしてキョーコと会える数が増えるなら……もっといろいろ食べるけど」
「何言ってるんですかっ……もー、そんな事ばっかり」

怒るキョーコを気にする事もなく、蓮は機嫌よく笑いながら再びキョーコの白い肌にその手を這わす。
その指先の動きにまだ敏感に反応してしまう自分に焦りながら、キョーコは「もう駄目ですよっ?ね、眠らないと」と言ってはみたが、蓮の動きは止まる事はなかった。
いつの間にか首筋から胸元へと移動していた蓮の唇。
止めようとした手に力は入らず、キョーコは諦めて再びその身を任す。

「んんっ……」

身体はさっきと同じ様に蓮の動きに反応し、また体温が上がっていく。
戻ってきた快感に、また流されながらも、キョーコは頭の隅で昼間の事を思い出していた。

蓮に弁当を持ってきた、共演者の遼子。
やはり彼女もまた、蓮に惹かれているのだ。

こんな事はいつものことだ、とキョーコは思う。
遼子だけではない、他にもたくさんの女性が、今、自分に触れているこの人に好意を寄せる。
いちいち気にしていたらキリがない……そうは思うものの、やはり不安と心配を全て消す事は出来ない。

そして、何かと食事の心配をしたり、お弁当を持ち込んだりする事を、心のどこかでこの人を自分に引き止める手段にしていた自分に気が付いた。

(仁科さんのお弁当……美味しかった……)

少しだけ味見させてもらった遼子の弁当はちゃんと美味しかった。
料理上手の女性なんて……自分以外にもたくさんいる。
そう思うだけで、しばらく忘れていた暗い不安な気持ちがキョーコの中に沸き上がる。

蓮を信用していないわけではない。
昔ほど、自分に自信がないわけでもない。
心配する暇などないほど愛されているというのに───

身体を走る快感とは逆の、重い考えが頭の中に広がり、その歪みでキョーコの目にうっすらと涙が浮かぶ。
そんな想いを振り切りたくて、強く硬く目を瞑り、シーツをぎゅっと握ると、ぴたりと蓮の動きが止まった。

「……今、何か変な事考えていただろう……?」
「えっ」
「わかるよ……キョーコは全部……正直だからね……」

蓮はそう言いながらキョーコの胸に伏せていた顔を上げて少し身体を移動させ、キョーコの顔を真上から見下ろした。
至近距離から向かい合う形になり、キョーコは蓮の射竦めるような深い瞳の色に戸惑ってしまった。

「あっ、えっ……あの……」

思わず目を逸らし、何とか誤魔化そうとするものの、キョーコにはいい言い訳など一つも思いつかない。
しばらくそんなキョーコの様子を黙って見ていた蓮だったが、ふいにその表情は柔らかくなり口元が緩んだ。
そして、キョーコの視線を自分へと戻し、ゆっくりと話し出した。

「ねぇ……キョーコ」
「は、はい……」
「俺は、というか……職業柄というか……あんまり言えない事だけど」
「え?」
「まぁ……ファンあっての職業だからね……あとはイメージとか?……そういうのも気にしなくちゃいけないんだろうし」
「は、はぁ…………」
「それにキョーコとの事は今は内緒だから言う機会がないだけなんだけど……一度だけ言っておくからちゃんと覚えておいて」
「……敦賀…さん……?」
「俺はキョーコ以外の女なんてどうでもいい」
「っ……!」

真っ直ぐキョーコの瞳を見てそう言った蓮は少しだけ妖しく微笑んでいた。

息をするのを忘れるくらいそんな蓮を見つめるキョーコの唇に、蓮はそっと自分の唇を合わせる。
そして再び顔を上げた蓮はいつも通りに穏やかに微笑んで──

再開されたその後の行為はその直前に行われたものよりも熱く激しく、キョーコは後日、この夜を思い出すだけで恥ずかしくて真っ赤になる位乱れてしまった。





「……すいません、私余計な事を」
「いえいえ、そんな事ありませんよ。お弁当美味しかったですから。一度くらい多めに食べたって大丈夫なんですよ」
「本当に申し訳ありませんでした。……でも驚きました、敦賀さんがそんなに厳しいカロリーコントロールをなさってるなんて」
「意外と太りやすい体質なんですよ。だから普段から気をつけて、専門の方に相談したりもしているんですよ。運動で戻すといっても時間がなかったりしますしね」
「そうですね、忙しいとなかなかそんな時間とれませんものね。私もちょっと油断すると増えちゃったりして……もう戻すのが大変」
「そうなんですか。仁科さんの方こそ、そんな風には見えませんけどね」
「いえっ、こ、これでも頑張ってるんですよ~」

一見和やかで微笑ましく聞こえる蓮と遼子の会話を聞きながら、社は心の中で盛大に蓮に突っ込んでいた。

(カロリーコントロールねぇ……よくそんな言い訳を考え付いたもんだよ……確かにコントロールしてるよ、いつもゼロに近いしな)

それでも、これで遼子が蓮に弁当を持ってくる事はなくなりそうだし、食事の時に控え室に篭っても問題はなくなったように思えた。
が、今度は気をつけておかないとキョーコの弁当や食事以外は手もつけないようになるかもしれないな、と社は少し危機感を持つ。

(こんな事言い出した以上、こいつ、これから人前で物食わなくなるかも……キョーコちゃんの弁当ある時は控え室で食わせりゃいいけど、無い時は何食わせりゃいいんだよ……へたするとロケ弁も食わなくなるんじゃないのか?)

蓮の食事事情の悪化を予想して、社は少し頭を抱えたくなったが、蓮の言う"専門の方"に相談するか、と溜息をつきながらその少女の現場の到着を待つ事にした。




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