10.火種─Sho

2010年02月04日 10:20

10.火種─Sho


歌番組の収録を終え、控え室に戻る途中でキョーコを見つけた。
思わずニヤつく顔を抑えながら、後ろから声をかけてやる。

「よぉ」
「げ」

なんだ、そのこの世の終わりみたいな顔は。失礼な奴だな。ま、想定内だけどな。

「久しぶりだな、キョーコ。…あの日以来か?」

わざと二月のあの日を思い出させるようなことを言ってみる。
反応が楽しみでどうしても顔がニヤついてしまう。

「ちーかーづーくーなぁぁぁ!アンタとは半径5メートル以内に近づかないことにしてんのよ!」
「なんだそりゃ。つうかもう5メートル切ってるぜ」
「くっ」

般若のような形相でオレを睨み付けたまま、びょんと一歩遠くへ跳ねるキョーコ。跳ねんな。
そんなキョーコの移動を無意味にするため足早に歩いて距離を縮める。

「ホレホレ、5メートルはどうした?」
「ぬ、ぬぬううううううう」

びょんびょん跳ねて後退するものの、ちっとも距離が伸びてねえ。
跳ねてねぇで普通に歩けよ、つーか、なんだその荷物。そんなん持ってるから動きがにぶいんだよ。

「なにもってんだ、お前。TV局をな、そんなモン持って歩くなよ、相変わらず所帯くせぇな」

重そうな買い物袋にちらっと目をやり嫌味をひとつ。
袋から見える大量の野菜群。なんでそんなに買い込んでるんだ。

「所帯臭くて悪かったわね!ここに来たのは届け物を頼まれただけなんだから!もう帰るんだからいいでしょ!」

青筋立てて叫んでる間にアイツの目の前まで到達して荷物を取り上げる。
なにが5メートルだよ、鈍くさい奴だ。

「ちょっっ!なにすんのよ!」
「なんだこりゃ?遠足にでもいくのか?のん気でいいなぁオイ?」

袋の中に食材の他、行楽用品ぽいものが目に入った。

「遠足ってなによ!違うわよっ!ていうかアンタには関係ないっ!返しなさいよ!」

オレから荷物を取り戻そうと伸びてきたあいつの手の動きをことごとく予想して巧みに避けながら荷物の中をチェックする。
行楽用品…つーか、これ弁当用だな。しかもこれもエライ大量。
仕事場のスタッフとかに差し入れでもすんのか?そーゆうの得意技だからな、こいつの。
んー…でもなぁ?
ちょっとした疑問が沸き、一瞬見せた隙を見切られ、荷物は取り返されてしまった。
ちっ、もっと見てやるつもりだったのに。

「ったく!碌な事しないわね、アンタは……もう、さっさと行きなさいよ、私だって忙しいんだからっ」

そう言って、キョーコは荷物を持ち直すと、くるりとオレに背を向けてさっさと歩き出した。

「なっ…ちょっと待て」

あまりのあっさり具合に少し焦って思わずアイツの後を追う。

なんだ?これじゃ前とあんま変わってねぇ…いやむしろ若干禍々しさが薄れてねぇか?
もっと怒りのオーラが増幅されてるはずだろ?
なんでそんなあっさりなんだよ?

「待てってばっ」

呼びかけながら追いかけるオレにかまわず背を向けたまま歩き続けるキョーコの腕を後ろからつかもうとしたが、光速の動きでかわされる。
そして一定の距離をキープしつつ、険しい表情の顔だけをオレの方に向けて「半径5メートル以内に近づくなっていったでしょーー!」と一声叫んで走り去ってしまった。

オレはそんなアイツの立ち去る姿を見つめたまましばらく呆然としてその場に突っ立っていた。
アイツの反応が薄いことが面白くなくてイラだっていた。
そしてさっき沸いた小さな疑問が頭の中を巡る。

アイツって細かいことにこだわるタイプだったよな。
弁当ひとつとってもそうだ。
中身だけじゃなく、弁当箱だって、形だの色合いだの材質だの…すっげーうるさかった。
どーでもいいのによ。
荷物になるから使い捨ての容器を使う、なんてところあんまり見たことねぇ。
大量の重箱でも平気でどこでも持って歩く奴だ。
そのアイツがあんなもの使うってことは…自分用じゃない、荷物にならないように気を使ってるってことだ、渡す相手に。
自分で持って帰れないから。
なんだその微妙な距離感。
仕事先への差し入れ…だったら普通のでいいはずだ。アイツが持って帰ればいいんだから。
しかもアレみんな結構小さいサイズばっかだったよな。
明らかに一人用だよ。
そしてあの数。

「…なにやってんだ…アイツ?」

アイツの影響で育ってしまった妄想脳がフル回転しはじめる。
思い浮かぶのは…オレの大嫌いな男の顔。

「…いや、まて…まだそう決まったわけじゃねぇ…」

ぶつぶつと一人呟き続けるオレが、捜しにきた祥子さんに捕獲されたのはそれから十分後のことだった。



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)