9.笑い上戸モー子さん─Kanae

2010年02月04日 09:16

9.笑い上戸モー子さん─Kanae


二週間ぶりにラブミー部の部室で会ったキョーコは何か雑誌のようなものを読んでいた。
雑誌、と思ったその本はどうやら料理の本らしく「珍しいわね、あんたが料理の本なんて」と思わず尋ねていた。
プロ並の腕前のくせに今更市販の本で何を、と思ってその本を覗くとお弁当らしき写真が目に入る。

「お弁当の本?」
「うん、ちょっとレパートリー増やしたいなぁと思って」
「レパートリーねぇ。あんたなら十分覚えてそうだけど」
「うーん、そうでもないよ。いつも同じようなものばかり。で…飽きたなって思われたらいやじゃない?」
「思われたら??」

そこでようやく前キョーコに会った時のことを思い出す。
そうだ、敦賀さんにお弁当でもなんでも差し入れたらって煽ったんだっけ。

「もしかして敦賀さん用?何度か持ってってるの?」
「あー…うん…何度かっていうか…」

若干頬を染めてごにょごにょと言いごもるキョーコを、煽った責任があるのよっとばかり厳しく問い詰める奏江。
そうして事の顛末を知る。
キョーコから無理やり持っていく、ような流れだったのにいつの間にか向こうから頼まれた形になっているあたり(さすがね…)と密かに思う。

「で、なに?それから毎朝お弁当届けてるわけ?自転車で?…すごいわね、あんた」
「そ、そりゃ最初はちょっと押し付けがましいかなって思ったけどっ……」
「あー、ちがうちがう、そっちじゃなくて。自転車で通ってるんでしょ?結構距離あるんじゃないの?」
「えっ?あー…自転車?敦賀さんにも社さんにも言われたけど…全然平気なのよ?ていうか、私得意だもん」
「得意って」
「都内近郊ならどこでも自転車で行ける自信あるわ!むしろどこまで行けるか挑戦してみたいわね!東京脱出とかできるかな?道がよくわからないのがねー…」
「…………あんまり遠くまで行っちゃだめよ、危なっかしいわね。…でもさ、雨の日とかはやっぱ大変じゃない?一昨日とか朝から雨だったじゃない」
「お、お、おととい…」

急にキョーコは眉間に皺を寄せてピキっと固まった。

「…あんたその顔はやめなさいよ。で、やっぱ大変だったの?」
「ううん…お、一昨日はね、敦賀さんの出る時間がちょっと早くなったって…朝電話が来て…その時点でもうお弁当作っちゃってたの、それで…」
「それで?」
「どうしようかなって思ってたら……じゃあ、表まで持ってきてくれる?って……」
「…………」
「びっくりして慌てて外でてみたら…敦賀さんの車が…」
「……………」
「敦賀さんには何度か送ってもらったことあるんだけどいつも夜だったし、降ろしてもらうのは少し離れた場所だったから……だ、だるまやの目の前まで来て貰ったのは初めてで」
「…そ…う……」
「雨で多少は薄暗かったけど、明るい時間帯にだるまやの前に敦賀さんの車ってなんていうかすんごい違和感っていうか」
「人通りもあったし、目立つし、も、早く行っちゃってくださいって言っても、みんな傘さして歩いてるから見てないよ?なんていって」
「もーホント心臓に悪かった……。雨の日だろうが目立つものは目立つんだからちょっとは考えて欲しいわ」

ぶちぶちと呟くキョーコに、奏江は途中から表情を崩さないよう保つのに必死で相槌も打てなかった。
やがて、移動しなければいけない時間が来たらしいキョーコは「モー子さんまたねぇぇぇ~」と名残惜しげに一声叫んで部屋を出て行った。

一人残された奏江は、しんとしたラブミー部室の中で…
雨の早朝、キョーコのお弁当を貰うために、だるまやの前に、ポルシェを乗り付ける、「敦賀蓮」
…の姿を想像してお腹を抱えて笑い始めた。

(だ、抱かれたい男No.1がなに可愛い事やってんのかしらね……あーもう可笑しいったら)

そしてキョーコが気が付いてないだろう彼の配慮に思い当たる。

(絶対…雨だったから心配して自分から来たのよね、敦賀さん?本当なら毎日そうしたいんでしょうけど)

一通り笑い倒して落ち着いたところで「敦賀蓮」という人物について思いを馳せる。
芸能界一イイ男、抱かれたい男No.1、人気も実力もトップクラス、それにあの容姿、さぞかし言い寄る女も多いだろう。業界柄、露骨に誘う女だって少なくないはずだ。
それでもゴシップひとつないということは、そのあたり、かなりうまく立ち回っているということだろう。
ある意味、手慣れている、ということにもなる。
それなのにキョーコに対しては今ひとつ手腕を発揮できていないように見えた。

(あの子に本気だ…ってのは十分わかりましたから…もー、メンドクサイからお弁当といわず本人ごと持ってけばいいのよ)

そんな穏やかならぬことを思いながら、笑いすぎて少し崩れたメイクを直し奏江も部室を後にした。



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