8.既に夢中─Ren

2010年02月04日 08:14

8.既に夢中─Ren


「…うまいことやったな、蓮」

助手席に乗り込むなり、いつものにやにや顔で呟く社さん。
その手には彼女から受け取った茶色の紙袋。今日の弁当だ。

「…なにがですか?」

なにが、なんてわかってはいたが、こう毎日俺で遊ばれちゃかなわないので、とりあえずとぼけてみせる。

「…とぼけちゃって、まー。デレデレとメールアドレスの交換、なんてしちゃってさ。微笑ましいったらないね」
「………」
「しかもキョーコちゃんからの申し出だったのにいつの間にかお前が依頼したみたいになってるじゃない。まぁそっちのほうがより確実だもんな。…お前、ちゃんとお礼になるような事しろよ?」
「……いつからいたんですか…」
「結構初めから。俺に全然気がつかないんだもんなぁ~。キョーコちゃんからは後ろだし見えない位置だったけどお前からは見えるだろよ。夢中になりすぎ」
「……………」
「どう見ても口説いてる風にしか見えなかったぞ~。今日は回りに誰もいなかったからいいけど次からは気をつけろよ、目立つんだから」

返す言葉が見つからないので黙秘を通すことにする。

結構初めからってどこからだ。
口説くって…まぁあながち間違ってもいないが。

もう俺の気持ちなんて全部バレバレなんだろうけど、さすがにちょっと照れくさい。
ハイハイ、気をつけますと平静を装いながら車を発進させる。
運転しながらもつい考えてしまうことはさっきのことばかり。

今日、彼女に会えたら不本意…ながらも、毎日弁当なんてあまりに大変だから遠慮しようと考えていた。
もちろん、全面的に断るなんて気はなかった。
…断りたくなかった。
もっと彼女に時間的に余裕のある時だけ、学校が休日とか、仕事が入ってないときとか、そんな時だけに頼めたらと思った。
そうして彼女の予定を聞いてみる、という電話する口実を増やせればいい、なんてことを画策していた。
しかし、そんな俺の言葉をさえぎるように強い口調で発せられた彼女の言葉。

『いいえ!無理でも大変もないんですっ!私が勝手に始めたことですからっ』
『私が勝手に気にしてるんですっ!…えっと…だから…』

だから、やらせてください。

俺の都合のいい耳にはそう聞こえた。
期待しすぎは危険、なんていういつもの学習能力はどこかへ吹っ飛んでしまい、すっかり浮かれてしまった。
そして気が付いたら遠慮どころか、ある意味強制的にやらせるような形にまでしていて……ずうずうしいにも程がある。

作ってくれる日はせめて俺の方から彼女の下宿先まで受け取りにいった方がいいんじゃないか?
…いや、それもそれでずうずうしいか?
でもできるだけ彼女の負担は減らしてあげたいし…
そうだ、弁当の材料費だってそれなりにかかるんじゃないか?
その分はちゃんと払いたい、けど、彼女はお金なんて受け取らなさそうだな…どうするかな…

「…おーい、蓮。聞いてるか?」
「えっ?」

細かいことを延々と考え込んでいた俺の耳に社さんの声が飛び込んできた。
正直、まったく聞いてなかった。

「…全然聞いてなかったな?…まぁいいよ、今日の予定なんかもうお前の頭ん中に入ってるんだろうし。あーでも運転には集中してくれ」
「してますよ」
「どうだか」

少々呆れ気味の社さんはそんな俺の顔をチラっと横目で見てから、いつもの手帳にはさんだ一枚のメモ用紙を取り出した。

「もうちょっと詳しく聞いてきてやるからさ、それ見てこっちから調整しよう」
「…聞くって、なにをですか?」
「キョーコちゃんのスケジュール」

大雑把には聞いてきてるんだけどね~と手にしたメモ用紙をヒラヒラさせる。

「いつの間にそんな事したんですか…」
「まぁ俺もいろいろ考えるところがあってさ。…今度事務所に寄ったときにもっと詳しく聞いておくよ。それでキョーコちゃんが忙しそうな日なんかは適当に理由つけてお前の方から遠慮しろ。本気で毎日弁当持ってこさせたいわけじゃないんだろ?」
「それは…そうです…」
「弁当代も気になるよな~回数が多くなるとさ~。でもキョーコちゃんお金なんて受け取らなさそうだし。いっそのことラブミー部への依頼とかにしちゃう?そうすればうまくやれそうだけど……あーでもそれじゃ"仕事"になっちゃうな…」
そう言うと社さんは俺の方をぱっと向いて
「キョーコちゃんの……"仕事"にするのはいやだろ?」
と、言いながらニヤリと不敵に笑った。
まったくその通りすぎて二の句が告げない。
社さんが鋭いのか、俺がわかりやすい奴なのか、どっちだ。
「…まったく…かないませんね…」
「フフン、優秀なマネージャー様でありがたいだろ?」
「ありがたくって涙がでますね」
「まぁお前が気分よく仕事できるようにするのもマネージャーの務めだからな」

弁当代の方も俺がいい方法考えてやるから、と得意顔で言う社さんに俺は心のそこから感謝しつつアクセルを踏んだ。



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