7.逆転─Kyoko

2010年02月04日 07:10

7.逆転─Kyoko


夕方、事務所にいる時に社さんがこっそり電話をくれて、敦賀さんがちゃんと食べてくれたってことを報告してくれた。
それだけでもう嬉しくって浮かれ気味な自分がいた。
帰宅する前に、閉店間際のお店に飛び込んでお弁当用の容器なんかをまたいろいろ買い込んだ。
本当はちゃんとしたお弁当箱を使いたかったが、返すまでの手間を考えてやっぱりやめておく。

───自分が勝手にやり始めたことに、少しでも手をわずらわせたくない。

それでも今日のあのビニール袋はちょっとないわよね…
もうちょっとマシなものを、と男の人が持っていても違和感のないシンプルなデザインの紙袋も買った。

夜、寝る前に冷蔵庫を覗き、食材を確認して明日のメニューを頭の中で再確認する。
そうして自室に戻りベッドに潜り込んで眠ろうとしたのだけど…明日の事をいろいろ考えているうちになんだか不安になってくる。
今日は、社さんには言っておいたけど、敦賀さんにとっては不意打ちだったと思う、私のお弁当。
突然渡されたら、食べるしかないわよね…無理にでも。
明日また持っていって…また?とか思われて…後で電話とかで、いや、最悪直接もういらないからって言われたら……

『正直迷惑なんだ。もうやめてくれないか?』
……いやいやいや!敦賀さんはそんな風に言ったりしないわ!もうちょっと柔らかく…

『お弁当ありがとう。でも大変だろ?無理しなくていいから…』
いいえ!全然!無理でも大変でもないんです!私が勝手にやっていることですから!やらせてください!

『お弁当ありがとう。でも大変だろ?これ以上最上さんに負担になることをさせるわけには…』
負担なんてとんでもないです!敦賀さんが食べてらっしゃらない方が気になって負担になります!

『お弁当ありがとう。心配させちゃったね。これからはちゃんと食べるからもう気にしないで』
…………。

む、む、むむぅぅぅ!
これ言われちゃったら終了だわ!それは困る!
…いや、困らないか…そもそも敦賀さんにちゃんと食べてもらおうっていうのが目的で始めたことだものね。
うん、これで成功、無事終了…
って!やっぱ困るわ!
なにが困るって……まぁ、私が勝手に困るだけなんだけど…。

はぁーーっと長い溜息をつく。
他の人よりも少しだけ近い場所にいる後輩、って立場だけで十分恵まれてるって思ってた癖にそれ以上を求めている自分に呆れてしまう。
なんでもいい、どんな形でもいいからあの人につながる糸を増やしたい。
どんなに細くてもいい、確かな何かを。
思ってた以上に欲深い自分に苦笑い。
"愛したくも愛されたくもない病"が直った途端にこの有様だ。
こんな女に好かれちゃった敦賀さんがいっそ気の毒ね、なんて自嘲する。

とにかく、まだやめてくれって言われたわけじゃないんだから暗い想像はやめておこう…
そう自分に言い聞かせて眠る努力をした。


翌朝。
だるまやから敦賀さんのマンションへ行くルートをちょっと変えてみたら予定より早く着くことができた。
やったね、近道発見!なんて喜んで、通う気満々の自分に気づく。
いやいや、ちょっと待って、今日あたりもう断られるかもしれないのに、と昨日の晩ずっと悩んでいた事を思い出したら瞬く間に同じ不安が蘇った。
少しふらつきながら自転車から降りる。
昨日は何も考えずエントランスの真正面に立って社さんを待っていたけれど、今日は自転車だけそこに止め、自分は脇の植え込みの影に隠れた感じに佇んだ。
昨日とは違うドキドキで心臓が痛い。

で、できれば敦賀さんには会いたくないな…いや本当は会いたいんだけど……

矛盾する気持ちを持て余して落ち着かなくなり、早く社さんこないかな、と、社さんが来るはずの方向をそっと伺っていると、後ろから急に声をかけられた。

「おはよう、最上さん」
「んぎゃっ!」
「…そんなに驚かなくても…」

突然の敦賀さんの登場に驚いて奇声を発してしまった私を見て敦賀さんが笑う。
あぁ久しぶりの敦賀さんの笑顔だ…と思って胸が一杯になった。

「お…はようございますっ」

あわててお辞儀をしてから敦賀さんの顔を見上げると…もう干からびてしまいそうになるほど眩しい神々スマイル。
好きだと自覚してから初めて遭遇するそれは想像以上の威力で私を侵食していく。

「今日も作ってきてくれたの?嬉しいな」
「あ…あの、なんかずうずうしいといいますか、おこがましいんですが…」

嬉しいな、の一言で声がうわずってしまう。し、しっかりしなさい私!

「そんなことないよ。ありがたいね。でも大変だろう?無理しなくてい…」
「いいえ!無理でも大変もないんですっ!私が勝手に始めたことですからっ…だから…」

もう持ってこなくていいなんて言わないで、とはさすがに言えず、そのままモゴモゴと曖昧に言葉をごまかした。
テンパってる自分を隠すため、必死で言葉を繋ぐ。

「ええっと…またお食べになってないんじゃないかって私が勝手に気にしてるんですっ!…えっと…だから…」

これからも続けさせてください、そう言おうとした時──

「じゃあ当てにしちゃおうかな?」
「へっ?」
「俺、家じゃなにも食べないし、食事はほとんど外食、しかもロケ弁とかだしね。あれってあんまり健康にいいとはいえないんじゃないかな?その点、最上さんの作ったものなら安心だし。俺の食生活全部、最上さんに任せてしまおうかな」

そう言って敦賀さんは何か企んでるいたずら小僧みたいな顔でニッと笑った。
私は予想もしていなかった敦賀さんの言葉にしばしフリーズしてしまった。
もう持ってこなくていいから、という主旨の言葉ばかりを想像していて、その逆は思いつきもしていなかった。

敦賀さんの…食生活を…??

きっと随分間抜けな顔をしていただろう私の顔に、敦賀さんは首をかしげて顔を近づけ覗き込むようにしてから
「ん?任せちゃっていい?」
と囁く様に言った。
今度は優しく、なんだか妖しく微笑みながら。
「……ま」
「うん?」
「ま、任せてください!」

爆発寸前の心臓の音を聞かれないように、おそらく真っ赤になっているだろう自分の顔をごまかすように、思いっきりそう叫んでしまった。
敦賀さんはそんな私にちょっと吃驚した後、すぐにくすくすと笑いながら「よろしくね?」と言った。

「あぁ、でもね、最上さんの都合の悪い時は本当に無理しなくていいからね?…その時は電話でもメールでもいいから教えてくれる?…直接、俺に、ね」
「え!あ、はい、それはもちろん!」
「俺も受け取れない時は連絡するからね?」
「…は、はいっ」
「あー…そういえばメールってしたことないよね?俺、普段メールはあまりしないから。最上さんのメアド教えてくれる?」
「はいっ、あ、じゃあ敦賀さんのも教えていただけますか?」
「うん、もちろん」

そういってメアドを教えあった。な、なんだか恥ずかしい。
そういわれれば私もあまり携帯でメールはしない方だ。
元々友達は少ないし、モー子さんや百瀬さんとかのメアドは知っているけど、連絡する時はつい電話しちゃうしメール交換ってあんまりしたことない…。
お、男の人のメアドなんて初めて聞くかも…。
番号は前から知ってるけど、あれは事務所経由で無理やり聞いたものだし。
考えてるうちにどんどん恥ずかしくなってきて、携帯をじっと見てるふりをして俯いた。
絶対、顔真っ赤だ…。
そんな顔を見られたくなくてあげられないまま困っていた時、コホンという咳払いと人の気配を後ろに感じた。

「あー…、そろそろいいかな?おはよう、蓮、キョーコちゃん」
「おはようございます」
「お、おはようございます、社さん!」

いつのまにか来ていた社さんに俯いたままの姿勢から横に回転するようにして勢いよくお辞儀をする。
そんな挙動不審な私をにこにこ眺めつつ、社さんは時計に目をやった。

「キョーコちゃん、今日もありがとう~。で、時間大丈夫かな?学校行くんでしょ?」
「え、あ!もうこんな時間!」

思っていたより随分長い間、敦賀さんと話しこんでいた事実に少し動揺しながら、二人にそれぞれ挨拶をして自転車の元へ戻った。

「気をつけてね」
「…はいっ」

最後にもう一度敦賀さんの顔を見て、こっそり胸に焼き付けると少しの名残惜しさを感じながらも急いで学校へと向かった。



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