6.そわそわ─Ren

2010年02月04日 06:08

6.そわそわ─Ren


彼女から弁当をもらった昨日。
いつもよりも一層帰宅が遅く、時間は深夜三時をまわっていた。
かなり疲れていたし、睡眠時間もいつもより短いというのに翌朝は妙にすっきり目が覚めた。
しかも時間もまだ早い。
もう少し眠るか、と思ったがどうにも眠れそうにないので仕方なくのろのろとベッドから抜け出した。
そうしていつもどおりのパターン化された動きで朝の身支度をする。
すっかり出掛ける準備を整えて時刻を見てみれば、予定の時間よりも一時間近く早かった。
いつも時間には余裕をもって行動するのだが、さすがに今日は早すぎた感がある。
なぜ今日はこんなに早く…なんて、自分で理由はわかっているくせにならべく考えないようにしている自分がちょっと可笑しい。

毎日は無理かも、と聞いていた。
彼女にだって都合があるだろう。
期待しすぎるのはよくない。
でも二日くらいは続けて来てくれそうな気がする。
もし今日がダメでも明日は…

そんなことばかりを延々と考えている自分に気がついて思わず苦笑する。
リビングのソファに座り、ぼんやりとコーヒーを飲んでいると充電終了を告げる音が携帯から聞こえた。
電話を手に取り、ジャケットのポケットに仕舞う。

…昨日、何度も彼女にお礼の電話をしようと思った。
結局、うまく時間が取れなくてしないまま。
留守電とかじゃなく、直接ちゃんと言葉を交わしたいと思い、彼女も大丈夫そうな時間をやたらと計っていたらタイミングを逸してしまっていた。
彼女のことに関してはどうもうまく物事が進められない。
忙しいせいもあるのだが、電話ひとつ満足にかけられないなんて、さすがにどうかと思う。
ふーーっと長い溜息をつき、窓を開けてベランダに出た。

外はまだ少し肌寒い。
天気は快晴。
空の青を目に焼き付けた後、マンション前の道路に目を向ける。
通学途中の小学生、通勤中のサラリーマンの姿が見えた。
次に彼女に似た感じの女子高生の姿が目に入り、一瞬どきっとするが髪型も違うし自転車にも乗っていない。
そうして、彼女が現れるのを心待ちにしている自分に気が付く。

(来るとしてもさすがにまだ早いだろう…)

そう思って部屋に戻るが、ソファに座っていてもなんだか落ち着かない。
ぬるくなったコーヒーを飲んだり、薔薇のグラスを眺めてみたり、窓辺に近づいたり、また座ったり。

(あー…もう、だめだな…)

そんな自分を諦めて、コートを羽織り、すぐにでも出掛けられる状態でベランダに陣取る覚悟を決める。
マンション前の道路にはまだぽつりぽつりとどこかへ出かけていく人の姿があった。

こんな風に誰か来るのを待つなんてこと、今までなかったな…

通り過ぎていく人々を眺めながら、ふとそんなことを想う。
彼女に出会ってから、それまでにない自分が次々生まれ、自分でも驚くくらいだ。
そして…これからも変わっていかなければならない。

いや、変わりたい。
もっと新しい自分に。
いつまでも過去に囚われることのない自分に。
そうしたらもっと彼女に近づけるだろうか…
いや、近づきたい。
そっと、ゆっくり、でも確実に、一歩ずつ。
いくら時間がかかってもいい、俺が近づくことを許して欲しい。

そんな祈りにも似た想いを空に向ける。
鮮やかな青が体中に染み込んでいく。
今日のこの偶然の晴天が、自分に都合のいい答えを返してくれているように思えた。
そんな楽天的な自分を心の中でだけ少し笑う。
こんな自分もまた新しい自分。
そして再び下に目を向けると、目に入る待ち望んでいた少女の姿。
急いで部屋に戻り、いつものバッグを乱暴に引っつかんで足早に玄関へと向かった。



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