すれ違いと巡り会い─前編

2010年04月14日 11:16

すれ違いと巡り会い─前編


「あ、あれ敦賀さんじゃないかい?」
「え?」

食料の買い出しにきたTV局内のカフェテリアに入るなり、一緒にいた光がそう言って奥のテーブルの方に目をやった。
キョーコもその方向を見ると、まばらに人が居るカフェテリアの中で、一際目を引く集団が目に入った。
何かの打ち合わせ、どころか集会でも開いているような人数がわざわざテーブルをつなぎ合わせて一箇所に集まり談笑している。
ほどんどが女性だ。
その中にチラチラと見える二人の男性の姿。

「あれ、敦賀さんとマネージャーさんでしょ?すごいね、囲まれちゃって」
「そ、そうですね」

そういえば今日TBMで仕事があると言っていたかもしれない。
休憩中なのかしら、そう思ったキョーコは少しその場へ足を向けたくなったが、蓮と社を囲む女性達の大きな笑い声がその足を止めた。

「…………」

よく見れば、見覚えのある女性が多い。
誰もが知っている位の有名な女優、タレント、そして華やかな女性達。
自分が住む世界とは違う世界の住人達の様に思えた。
ふと、心に忍び寄る影。
そこへ、いつまで経っても消える事のない"マイナス思考の自分"の出現を予想して、キョーコは一人静かに微笑む。

(もう、いい加減"あなた"には飽き飽きなのよ?)

自分で自分にそう言って、今度は苦笑い。
そんな自分の行為に呆れながら、少し伏せた目で彼らを見る。
遠目でも目を引く蓮の姿。
偶然TV局で会える事は多くなく、会えたとしても隠れるようにして控え室へ飛び込むだけ。
いつもとは少し違う場所で会えたのに話も出来ず、その視線さえ掴む事ができないのを惜しいと思ってしまうキョーコだったが、そんな未練を振り切るように背中を向けた。
そして当初の目的であった場所へと向かおうと、一緒にいた光に目を向けると、少しぼんやりと自分を見つめている彼の姿が入ってきた。

「光さん……?行きましょうか…」
「あっ!うん、いこっかー」

キョーコに声を掛けられ、少し狼狽えた光を、首を傾げて不思議に思いながら見つめる。
光は若干汗をかきながらも笑顔で「早く買っていかないとね!」と急に元気よくいつもの売り場へと向かった。

「今日もお好みアンパンですか?お好きですね、皆さん」
「いやー、もう癖になっちゃっててね。これを食べないと気がすまないっていうか」
「すごいですね……中毒性があるのでしょうか?」
「あるかもよ~。京子ちゃんもどう?やっぱりカロリーとか気になっちゃう?」
「いえ、今はそんな事はないんですが…なんだか怖いですよ、食べるの」
「お勧めなんだけどなぁ」
「うーん…どうしましょうか。……あれ、光さんいつもの所、混んでますよ」
「えっ!本当だ!なんで今日はこんなに混んでるんだ」

いつものフードカウンターの前に、長い行列ができていた。

「あっ光くんじゃん」

光の知り合いらしい若い男性が、列に並んだまま声を掛けてきた。
キョーコにも少し見覚えのある、若い男性タレントだった。

「あれっ、お前も…?」
「こないだ、ブログで書いたっしょ、ここのお好みアンパン!もう気になってさぁ」
「あぁ!あれか!」

列に並んでいる人たちが数人、こちらの様子を伺ってひそひそと楽しそうに会話する。

「こんなに混んでたら時間に間に合わなくなっちゃうよ!」
「そんなの光くんのせいじゃないの?大人しく並びましょう!ハイ、俺の後な」
「ひ、光さん、とりあえず並びましょうか…」
「うー、失敗したなぁ」

頭を抱える光を励まそうと、キョーコが慌てて光を列に誘導した。

「光さん、ブログとかやっているんですね~。それでこんなに影響あるなんてすごいです」
「まさか行列できるとは思わなかったよぉ」
「何気に皆チェックしてるもんだよ?…それより光くん、この娘、紹介してよ」
「お前になんか紹介するもんかっ!うちの事務所の大事な娘だからな!」
「え、えっと、あの…」
「いいんだよ、京子ちゃん。こんなの無視していいから」
「ひどいなぁ、大事な友人をこんなの扱いかよ!」
「こんなので十分!」
「あ、あの先日ゲストでいらしてましたよね」
「ん?どこの?きまぐれロックの?あぁ、見てくれてた?」
「はぁ、見ていたといいますか…」

一瞬躊躇ったものの、別に「坊」であることを隠す必要も感じられず、キョーコは素直にそれを告げた。

「ええ!『坊』って女の子がやってたんだ!」
「京子ちゃんはすごい頑張り屋さんなんだよ。あの動きはなかなか誰も真似できないんだ」
「い、いえそんな事は」

なぜか光が自慢げに言い、キョーコは恐縮しまくっていた。

「あれ、でも同じLMEなんでしょ?スタッフさんじゃないよねぇ」
「本当はちゃんとしたタレントだよ。女優業の方がメインかな?だよね、京子ちゃん」
「は、はいっ」
「そうなんだ、なにかドラマとか出てる?」
「BOX"R"とか…あぁ、お前も知ってるはずだよ。DARKMOONの"未緒"だもん」
「えっ!」
「そうなの!」

いつの間にかキョーコ達の近くに来ていた数人の男性が同時にそう叫び、突然のその声にキョーコは一瞬飛び上がるほど驚いた。
わらわらと集まってきた男達が、光とキョーコの前に並んでいた男性に声をかける。

「あれ、お前らいつ来たの」
「今。お前見つけたからなにしてんのかなって」
「なになに、この長蛇の列」
「あー今、混んでてさぁ」
「でさ、でさ!"未緒"やってた娘なの!?イメージ全然違うんだけど!」
「おーい、リーダーまだ~?」
「やぁ石橋くんたち」

遅くなったせいか、やってきたブリッジの残りのメンバーが合流し、彼らと軽い挨拶をする。
急に大勢の人間に囲まれ、軽い騒ぎになり、キョーコは少しパニックを起こしてどうしたらいいかわからずに焦っていた。



「……ふぅ、やっと行ったな」
「はは…お疲れ様です」
「久しぶりに随分と長い時間大勢に囲まれたな。モテるのも考えもんだよ」
「社さんだって結構なものですよ?社さんとばかり話していた方もいたじゃないですか」
「それはだな、お前の周りを陣取ってたのが強烈な方々ばかりだったからだよ。最初は少し怖かったぞ」
「そうですか?」

涼しい顔で冷めたコーヒーを口にする蓮を、疲れ気味の社は椅子から少しずり落ちるような体勢で恨めしげに横目で睨む。
どの現場でも注目を浴びやすい蓮だったが、一般人が大勢いるような場所でない限り、TV局内などで集団に囲まれる様な事は少なかった。
特別なイベントでもある場合は別だったが、普段は精々軽い挨拶をして来たり、遠巻きに眺めている程度の女性がいる位だった。
マネージャーである社が気を回してるせいでもある。
しかし今日は少し運が悪かった。
蓮の姿を認め、近づいてきたのは蓮よりも年齢もキャリアも上な、以前一緒に仕事をした事のある中堅の女優。
既婚者であるにも関わらず、"女"を全面的に押し出して蓮に積極的にアピールしてくるその女優に社は警戒心を抱いたが、簡単に追っ払う事などはできない相手だった。
そして、その女優と同じ事務所の後輩だの、その知り合いだのと、数珠繋ぎの様に繋がってあっという間に大勢の女性に取り囲まれる形になってしまっていた。
適当な言い訳をしてこの場を去ってしまえば話は早かったのだが、ここへ来たのは、蓮が少しでもいいからキョーコの姿を見たかったため。
それがわかっていた社は、この場を去るか去らないかは蓮に任せる事にした。
蓮は大勢の女性相手に臆する事もなく、実にスマートにそれぞれと対応していた。
まるで完璧にプログラミングでもされているかのように、各女性のキャリアと性格に会わせた台詞をタイミングよく発し、それにプラス多少のユーモアさえ含ませて見せた。
恐らくあまり仲が良くないと思われるような女性同士さえ、同じように笑って、同じように穏やかなムードになり、まさに和気藹々といった雰囲気。
最初の内は一部で少し張り詰めた空気さえあったというのに、最後の方ではここにいる全員は普段でも皆仲良し、と錯覚を起こす程だった。
そうして、蓮としては珍しく、特別に用事のない状態での長時間の談笑に気を良くしたらしい女優が機嫌よく席を立ったところで、未練有り気な周りの女性達も一人一人席を立っていった。
ようやくテーブルに蓮と二人だけとなったところで、ほっと一息つき、社は時間を確認した。

「……まだ時間はいいですよね?」

コーヒーカップを手にしながらテーブルに目を落とし、蓮がぽつりと呟く。

「ん……まだ大丈夫かな」

一人の少女の姿を一目見るためだけに、全力であの女性陣に完璧に対応した蓮に呆れるような感心するような複雑な気持ちの社だったが、その努力は少しくらい報われていいだろうと、蓮の代わりに少し首を伸ばして周りを見渡し、キョーコの姿を捜してみる。
茶髪の少女の姿は見つけられなかったが、その代わりに妙に集まっている男達の集団が目に入った。

(なんだ?今度はなんの集まりだ?)

その集団の中にLMEのタレントの姿を見つけた。
ブリッジ・ロックのメンバーのひとり。

「あ…」

もしかしたらキョーコがいるかもしれないと思った社が小さく声を発すると、次の瞬間にはもう蓮が立ち上がっていた。
しかし、少し様子がおかしい。
ついさっきまでの穏やかな「敦賀蓮」が消え、少し鋭い眼光でその集団を見ている。
そんな蓮の様子に気が付いた社が急いで立ち上がり、蓮よりも先にその集団へと近づいていくと、その中でなにやらあわあわしているキョーコの姿が目に入った。

(キョーコちゃん?なんでそんな大勢に囲まれてるの…)

キョーコの周りにいるのはブリッジ・ロックのメンバーと、他事務所の若い男性タレント達だった。
ブリッジよりも多い人数でグループを形成している彼らは今売り出し中のバラエティ寄りのアイドルグループで、その彼らが大勢集まり、キョーコや光を囲んでなにやら騒いでいる。
キョーコは彼ら一人一人に話しかけられるたびに、お辞儀をしたり、焦って首を振ったり、慌ててみたり、少しはにかんで笑ったりと、大忙しで対応していた。
ブリッジのリーダー光が、キョーコをフォローする姿が目に入る。
先日のブリッジ・ロックの番組に、彼らが出演していたような記憶が微かにあった社は、その関係かな、とぼんやりと思っていたが、後に立つ蓮のあからさまに不機嫌な様子に気が付いて、思わず眉を顰める。

「おいおい…なんて顔してんだよ。あれ位で目くじら立てんなよ」
「目くじらなんて……立てませんよ?」

その言葉とは裏腹にポケットに手を突っ込んで不貞腐れたように立っていた蓮は、そのまましばらくキョーコの姿をその場から眺めていたが、やがて視線を逸らしカフェの出口へと向かい始めた。

「おい、蓮!」

そんな蓮の様子に少し呆れながらも、もしかしたらさっきの状態は、蓮にしても意外ときつかったのかも知れないな、と思った社はとりあえず引き止めるために蓮の後を追った。



「あっ、あの光さん!私、金のコーラ買ってきますね!」
「あ、キョーコちゃんっ」

急に大勢の初対面同然の男性タレント達に矢継ぎ早に話し掛けられて、なんだか頭がクラクラしてきたキョーコはいい口実を思いついたとばかり、そう言ってその場を離れた。
ブリッジのメンバーとそのまま話し込む彼らの姿を確認し、少しほっとしながらカフェの出口へ向かうと、見覚えのある二人の姿が目に入った。

(あ!敦賀さんと社さん!)

思わず、顔が綻ぶ。
咄嗟に周りを確認するが、既にさっきまで二人を囲んでいた女性達の姿はなく、他に誰もいない。
期待して、でも一度諦めた偶然の逢瀬が叶いそうな事を感じて、キョーコの心が少し躍る。
後、数メートルまでの距離まで近づいた時、キョーコの方を見ていた社に促され、背を向けていた蓮が振り返った。
目が合った瞬間に、我慢できずに満面の笑みを浮かべてしまったキョーコだったが、蓮は一瞬だけキョーコと目を合わせただけで、にこりともせず直ぐに視線を逸らしてしまった。

キョーコから笑顔が消え、足が止まる。

慌てた様子の社が何か言っているようだったが、結局蓮はそのまま振り返る事無く足早に去っていってしまった。
社が立ち止まって少し困ったように何度も蓮とキョーコを交互に見ていたが、最後にはキョーコに手を振ってそのまま急ぎ足で蓮を追って行ってしまった。

「…………」

キョーコは遠ざかる蓮の背中を見つめたまま、その場で凍りついたように立ち尽くしていた。




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