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5.憂鬱─Ren

2010年02月04日 05:01

5.憂鬱─Ren


疲れているのに眠りが浅い。
そしてそのせいか、夢見も悪い。
シャワーを浴びるころにはその内容も思い出せなくなっているのだが、なんとなく想像はついた。
B・Jの仕事が本格的に始まってから朝はずっとこんな調子だ。
逃げないで演り通してみせる、と決心して臨んだこの仕事。
それなのにいざ始まって見るとどこかでまだ不安に揺れている自分が居る。
…そう簡単にはいかないようだ。

(我ながら情けないな…)

身支度を済ませ、社さん待ちの間、リビングのテーブルに置かれたグラス、薔薇の装飾がされたグラスを手にとって眺めているのが日課になっていた。
あの日、彼女から貰ったワインゼリー、あれに使われていたグラスだ。
あの後、壊さないように大事に持って帰ってリビングに置き、こうして眺めてみたりしていた。

(随分会ってないよな…)

DARKMOONの撮影中は一週間と空けず会えていたのが、ここ最近はすっかりその機会も無くなってしまった。
せめて声だけでも、と携帯を手に取ることも多々あったが、電話をする理由がどうしても見つからない。
ディスプレイに彼女の番号を表示させ、見つめているだけだ。
もっと気軽に、最近会ってないからどうしてるかな、と思って、とか言ってかければいいのにと思うが勇気がない。
自分の情けなさに呆れるばかりだ。
彼女の出演しているBOX"R"、あれの放映が始まったらそれを見て感想を言うくらいはいいかもしれない。

(一応、役作りに協力したんだし、それくらいいいよな…)

その日を心待ちにしている自分が情けないを通り越して滑稽で、軽く苦笑い。
そしてグラスをテーブルに戻すとチャイムが鳴った。


「おはよう、蓮。ちゃんと眠れたか?」
「眠りましたよ、大丈夫です」

ここのところずっと社さんは食事の面だけでなく、俺の睡眠時間まで気にする発言を繰り返す。
忙しいから俺の体調を気にしてくれているんだろうが、どうしても沈みがちな俺にも気づいているのかもしれない。
それでもそのことについては深くは突っ込んで聞いてくることはない。それはそれでありがたい。

…聞かれてもきっと何も答えられない。

なんとか気持ちを切り替えて、さて出発するか、と車のエンジンをかける。
ふと、耳慣れない音に気がついて横を見るとシートベルトを締める社さんの手にある白いビニール袋。

「なんです?それ?」

すると久々ににやぁとした笑顔を浮かべ、ガサガサと音を立てながら袋を覗いた後、俺を横目で見る。

「最近お前また食ってないだろ?だから…俺特製の手作り弁当だよ」
「はぁ?」

社さんが料理するなんて初耳だ。ていうか、マネージャー、しかも男の手作り弁当って…。

「なんだよ、そのいやそうな顔。そんな顔してるとやらないぞ」
「……いらないですよ。一体どんなもん作ったんですか、気持ち悪い」
「気持ち悪いって。失礼だなー」
「料理するなんて初めて聞きましたよ。体調崩したら困りますから遠慮しておきます」

にべもない俺の言葉に怒るどころか、より一層にやにやとした笑顔を顔にはり付けて、社さんは袋の中からひとつ、小さなおにぎりを取り出した。

「まあ、冗談だよ。はい、これキョーコちゃんの手作り弁当」
「え」

唐突に彼女の名前がでてきて心臓が跳ねる。

「わざわざここまで持ってきてくれたんだよ~、ありがたく食えよ」
「持ってきてくれたって…。ここまでですか?」
「そう、さっきまでいたよ。引き止めたんだけどすごい勢いであっというまに行っちゃってね~。…お前によろしくってさ」
「よろしくって……ていうか何で急に弁当とか………あ、まさか社さん」
「いくら俺でも朝からここに弁当届けてくれなんて頼めないよ?キョーコちゃんだって忙しいだろうし。昨日、キョーコちゃんから電話が来たんだ、お前がちょっと痩せたんじゃないかって」
「…………」
「まーたお前が食べてないんじゃないかって心配しててね。お前が今忙しいのはキョーコちゃんも知ってたし、夕飯は無理でも朝ならどうでしょうかって言ってきてさ」
「………………」
「で、朝の時間聞いて弁当持って来てくれたわけ。…これから毎日は無理かもって言ってたけど可能な限り持ってきてくれるって言ってたよ?いやー本当にキョーコちゃんはいい子だよね~」

おそらく俺で遊ぶ気満々の顔になっているだろう社さんがまったく気にならないくらい、俺は手の中の小さいおにぎりを見つめていた。

可能な限りって…どのくらいだ?
毎日?
毎日毎朝弁当作らせて届けさせるなんて、そんな負担を彼女にかけるわけにはいかない。

───ちゃんと食べるようにしますから、そんなことしなくていいって言っといてくださいよ。

喉まで出かかったその言葉を、俺はとうとう発することができなかった。
誰かから頼まれたわけでもないはずの、彼女の純粋な好意。
食にうるさい彼女のことだから、俺じゃなくてもちゃんと食べない人間が気になっているだけなのかもしれない。
それでも、彼女から俺に向けられたささやかな想いに全力ですがりつきたい自分がいた。

「……ほら、どうせお前朝食なんて食ってないんだろ?それだけでも食べろ。…食べたらそろそろ出掛けるぞ、時間だ」

おにぎりを見つめてしばらく固まったままの俺にニヤニヤした笑顔のまま社さんが促す。
俺は無言のまま、でも素直にその言葉に従い、包んであるラップをはがしながらそれを口に入れた。

「向こうについてからだって食べる時間はあるからな。移動中とか短い時間でも少しずつささっと食べられるように小分けにしてあるみたいだし?いろいろ考えて作ってくれたみたいだなぁ~」

おそらく無表情のままの俺の、その代わりのように満面の笑みをうかべ嬉しそうな社さんに今日一日遊ばれるんだろうな、と思いつつおにぎりをひとつ食べ終えて車を動かした。

ここのところずっと付き纏っていた沈んだ気持ちはいつの間にか欠片ひとつ残さず消え去っていた。



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